Navel Orange

Actions louder than the words

Browsing Navel Orange blog archives for July, 2012.

Looking for a big tree

自分のポリシーを曲げてまで他者に合わせる必要はないと常々思ってはいるのだが、そのコミュニティにおける自身の存在が浮いてしまうことを何よりも嫌う自分もいるにはいる。げに無比と孤独は紙一重なり。

とはいえ、自分の頭で考えた自分なりの結論はやすやすと曲げたくないし、自分のアウトプットには責任を持ちたいという気概もある。

孤立が嫌いなくせに臍曲がりだったりすると、こういうネガティブスパイラルに陥りがちなんだよなぁ。

Hurrah! President Mujica

以下は今から12年も前に僕がblogに書いた文章(の一部)。

地球全体をひとつの「系」とするなら、間違いなく状態変化は不可逆である。エントロピーはしばしば「乱雑さ」と表現される。地球上からその乱雑さを減らそうとすると、担当者のエントロピーは増大する。もちろん、減少した分以上に、である。そのエントロピーの増大を元に戻そうとしても、今度は熱源のそれが増大する。強引に結論づけるなら、それは地球資源の不可逆的消費に相当する。

つまり人間である限り、誰もエコロジーを唱える資格はないのである。

この考え方はその後もずっと変わっていない。いや、今日までは変わっていなかった。というか、こんな世の中を斜にしか見ていない考え方と、それを訳知り顔で語るような愚行は、今日を限りに捨てようと強く思ったのだ。

そのきっかけとなったのが、ムヒカ大統領のスピーチ。もうね、鳥肌が立ちましたよ。

Paralyses and accumulations

男女間に何か確執があったとき、その確執が時間の経過によってどうなるかは男と女で異なる。結果的には男性は「麻痺」し、女性は「蓄積」する。そんな話を訊いたことがある。いや、僕が誰かに言ったんだっけか?

つまりアレだ。男は「長くいるんだから、もうそんなの気にしてないっしょ」みたいな勘違いのままやり過ごしていく一方で、女はその小さな歪みを着実に積み重ねていく、と。それが怒髪天を突いたとき、それまで極楽とんぼだった男は、鳩が豆鉄砲を食らったがごとく「え、なんで?」となるんじゃないかな、と。スタート地点は同じでも、全然別の道を全然別の乗り物で移動してたみたいな感じでしょうかね。むしろ反対方向だったとか。

あれ、何の話が書きたかったんだっけ? もうすっかりおなじみというか、こんな時間の戯れ言でした。すんません。

Too young to die, but…

歳を重ねるごとに痛感すること。傷が治りにくい。汗の粘度が増す。すぐに汗疹ができる。特に汗疹は深刻で、今も全身が痒くて仕方がない。とりあえずシャワー浴びるか。

Sweet dreams

そういえば昨夜の夢。おそらく舞台は料理教室で、僕の隣はAKB48の大島優子。素揚げされたパプリカをお皿に盛りつけている彼女。つまみ食いする僕。彼女の「も〜、そーみん、ダメだよ〜」。ここで目が覚めた。で、今日、山手線の中吊り広告の彼女と目が合い、少し顔を赤らめる僕。なんじゃこりゃ。

Beloved

誰かに好かれるのはいい気分だし、嫌われるのは凹む。

もちろんそれは相手あってのことだから、相手を好きか嫌いかと、その相手に好かれているか嫌われているかの2×2のマトリックスが存在する。普通に考えるに、理想は「自分が好きな相手に好かれる」で、一番最悪なのは「自分が好きな相手に嫌われる」であろう。

でもこれら以外にも「自分が嫌いな相手に嫌われる」と「自分が嫌いな相手に好かれる」の2つがあることを忘れてはいけない。さらにというか、この2つのほうがそれまで最悪だと思っていたところの「自分が好きな相手に嫌われる」よりもじつがタチが悪いんじゃないかと最近、思い始めてきた。

He was a godsend

ある人が壁に自分の頭を延々打ち続けている。どうしてそんな痛いことをしているのかと訊けば、たまにやめたときに相当な幸福感が得られるからだという。

まぁそこまで極端じゃないにしても、こういう対比的な充足というのはよくありますね。忙しくていろんなことが後手に回っているとき、誰かがいい具合に気を回してくれたとか、全然別のところで思いがけずハッピーなことがあったとか。

日照りが続けば雨が「恵み」になるし、雨が続けば晴れが「福音」になる。人生って案外、そんなもんだろうよ。