Navel Orange

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Browsing Navel Orange blog archives for August, 2013.

Five-island archipelago

先週はちょっと長めの夏休みをとらせていただき、奥様の実家がある長崎は五島列島に行ってきた。僕の記憶が確かなら、これで5回目の……あれ、4回目だったかな。ともあれ、こういう縁でもなければ行かなかったであろう場所ではあるのだが、実際に行ってみるとなかなか素晴らしい場所なんだなこれが。

今回は我々夫婦以外にもゲストを迎え、総勢7人による五島ツアーとあいなりました。

五島列島をよく知らないという人に一応説明しておくと、九州の最西端、長崎港から西に100kmに位置し、北東側から南西側に80km(男女群島まで含めると150km)にわたって大小あわせて140あまりの島々が連なる列島……って、思いっきりWikipediaからの引用だけど、人に訊かれたときは大抵「長崎県の本土側と韓国の済州島との間にある島」みたいな説明をしております。人口は約7万人。島内のそこかしこにカトリック系教会が点在しており、最近は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界遺産登録を目指す取り組みが進められ注目されていたりする。

自他共に認めるインドアキャラな僕ではあるが、一応、この旅行のメーンは「海」。なんたって列島のほぼ全域が西海国立公園に指定されているわけで、透明度の高い自然美豊かな浜や磯をはしごしてきた次第。一部の海水浴場を除けばどこもいい感じに人がおらず、ほぼ貸切状態。海の家的なものとかパラソルなんかもないから日陰で休めないというデメリットもあったけど、プライベートビーチ気分が味わえるのは何物にも代えがたいよね。

途中で1泊したホテル「マルゲリータ」もよかった。まぁ僕があれこれ説明するよりも、同ホテルのウェブサイトを見てもらったほうがベターかな、と。とにかく立地はもちろん、ホテルの雰囲気やレストランの料理にいたるまで、いちいち感動がある稀有なリゾートホテルだと思う。またいつか近いうちに泊まりたい場所です、はい。

あ、デジカメで撮った写真をFlickrにアップしましたので、よろしければご覧ください。バッテリーが切れたので途中までですが。

Mama weer all sick now

続きです。えっと、祖母が骨折したところまで書いたんだっけ。じつは脚を折ったのは今回が初めてではなく、半年ぐらい前にも家でつまづいたとかで大腿骨を骨折している。今回はその反対側の脚。とはいえ一大事には違いなく、手術をしないと寝たきりになってしまうと聞かされ、母もまだ退院できていないタイミングで途方に暮れそうになった。

祖母が運ばれた病院では手術は毎週水曜日に執り行われるとかで、一番早くても7月31日。その前に執刀医からムンテラ(事前説明)を受けたり、同意書にサインしたりといった手続きが必要になるが、そういった一切がっさいを退院したての母に一任するわけにもいかないので、とるものもとりあえずまた帰省することにした。執刀医の都合でムンテラの日が30日になったことと、週末に新潟に行く用事(夏の恒例行事です。察してください)があったため、週明け29日にひとまず実家へ。仕事は……まぁなんとかなりました。というか、各方面になんとかしてもらいました。

家に戻った母は思いのほか元気そうだった。そして祖母の手術も無事終了。なんだか急に駆け足の報告になるが、プライベートの出来事をつぶさに書き綴ったところで面白くないだろうから、大幅に割愛させていただきます。

さて、東京に戻る前日の8月1日の夜、不調を訴えたのは祖母でも母でもなく、僕自身だった。突然、後頭部の左側に刺すような痛みが。いや、正確には突然ではなく、以前から同じ部位が痺れるなどそれらしい兆候はあった。が、5秒おきにやってくる耐え難い痛みは初めてのこと。どうにも我慢できずに寝ていた母を起こして薬を探してもらい、痛み止めか何かよく分からないものを飲んで、その夜はなんとか眠ることができた。

単なる偏頭痛の類とも思えず、ネットで検索してみたところ、どうやら後頭神経痛というのが当てはまりそうだった。とはいえ生兵法は怪我のもと。東京に戻ってきた2日も日がな一日ずっと痛みに悩まされていたので、翌3日の午前中に病院へ。診断は予想どおりの後頭神経痛(正確には大後頭神経痛らしい)。普段からの姿勢の悪さ、冷房の風、そしてテクノストレスと原因らしきものは数あれど、レントゲン写真では頚椎の異常は見られなかったので、とりあえずリハビリと投薬(といっても単なる痛み止めと抗炎症剤だが)で治療できる見込みだそうだ。

いやはや、例えは正しくないかもしれないが、なんだかミイラ取りがミイラになった気分ですよ。

Melancholy July

最後の投稿が4月11日だから……いつの間にか4ヶ月近くもブランクが空いちゃってたのね。えっと、ここ4ヶ月間に何があったっけ? なんかひたすら仕事してた気がするけど。といいつつも、友達の結婚式に参加したりバーベキューやったりDJやったり映画観たりと、ある程度充実したプライベートは過ごしていたように思う。

そんな中、先月はかなりバタバタであった。そもそもの発端は7月2日の夜、母親からかかってきた1本の電話。突然高熱を出して病院に運ばれた旨を知らされる。診断結果は腎盂炎。そのときは抗生物質を投与してもらい、その日のうちに帰ってきたそうだ。が、その翌々日の4日、親戚から電話があり、母が入院したと告げられる。そうなると大変なのは同居している祖母(母の母だけどね)である。御年93歳の祖母は足腰が弱っており、要介護とまではいかないにしろ、母が一緒じゃないと生活ができないに等しい。はてどうしたものかと思案する間もなく、別の親戚がケアマネージャさんに連絡をとってくれて、ショートステイの施設に預かってもらったと訊いた。ひとまず胸をなでおろす。

僕には弟がいるが、2人とも東京暮らしの身。妻と弟夫婦の4人で相談し、融通がきくタイミングで実家に帰ろうということになった。トップバッターは僕で、入院の知らせを受けた翌日の5日、仕事を調整してなんとか午後イチの新幹線に飛び乗り、入院先の舞鶴医療センターへ直行。母はせん妄状態にあったのかやや錯乱していたが、とりあえず大事には至っていないことは確認できた。とはいえ、腎臓の炎症ゆえに菌が全身に回ることは否めず、重い敗血症にならないうちに適切な処置を施すことが重要とかで、最低でも2週間の入院が必要だとも告げられた。

祖母にはその翌日、6日に会いに行ってきた。実家の最寄りから5つ目の駅至近の真新しい介護施設。しかしながら田舎のローカル線なので、2時間に1本しかない(復路は1時間に1本)のでうまくスケジューリングしなければならない。それはさておき祖母である。突然の出来事でありあんまり情報を得られていなかったのかやや困惑していたが、概ね元気そうだった。慣れない環境ゆえ「早く家に帰りたい」とちょくちょくこぼしてもいたが……。

7日の日曜日には妻もかけつけ、彼女と交代する感じで僕はその日に東京に戻った。そして、次の週末は三連休だったので再び帰省。連休初日の13日は京都駅にて落雷による足止めを食らい、結局、病院に着いたのはすっかり陽が落ちた後であった。この時点では母の退院時期がまだ明らかになっていなかったので、祖母を預かってもらう期間もそれに併せて延長。しかしながら介護保険の制限とかで、最長で8月4日までしか預かってくれないとのこと。課題山積である。

母の退院日決定の知らせを受けたのは23日。検査結果が良好だったので、25日に退院できるとのこと。当日付き添おうかと提案したが、母は「大丈夫。ひとりでなんとかする」と。正直、平日に帰省するのは容易ではなかったので、その言葉に甘えることにした。家に戻ってから少し様子を見て、大丈夫そうなら祖母を戻すとも言っていた。

そして24日、親戚から電話があり、思いもよらない報告を受ける。祖母が施設内で転倒し、大腿骨を骨折したとのこと。祖母が心配ではあるが、なんだか弱り目に祟り目である。

えっと、この話、続きます。