ほとんどの子供がそうであるように、僕も昔は「どうして君」だった。いや、関西なので「なんで君」と言ったほうがいいかもしれないが、要するに、日常生活で疑問に思ったことを即座に親に投げかける子供だったのだ。

しかしながら、そういうときに頼りになりそうな父は、比較的気分にムラがある性格の人だった。熱心に教えてくれるときもあれば、面倒くさそうに僕を追い払うときもあった。後者の場合、父はきまって「辞書を引け」と言った。その言葉を聞く機会は次第に増えていき、そして彼の進言どおり辞書ばかり眺めている僕がいた。なんでも子供に買い与えるような親ではなかったが、辞書や事典の類ならすぐに買ってくれた。

今でも実家の本棚には昔の百科事典がずらり並んでいるが、僕はそのほとんどを小学校低学年の頃に読破している……みたいな自慢はさておき、こういったオリジナルな躾のひとつひとつが、今の僕の構成要素になっていることは間違いない。というか、最近になってそのことを強く感じる。