先週の「タモリ倶楽部」は「役に立たない機械品評会」だった。早稲田大学理工学部の学生が作った文字どおり「役に立たない機械」を、番組メンバーが品評するという企画。そこで気になったのが、ある学生が出品した人間の腕に似せた「孫の手」。なにせ「孫」の「手」だから小さくて柔らかい。こんなので背中が掻けるわけがない。確かにこれは役に立たない機械だなぁ、みたいな感じだったと記憶している。

しかしながら、これは間違った認識である。皆がよく知る背中を掻くためのあの道具は、孫の手を模したものではないからだ。今でこそ「孫の手」と表記しているが、これ、もともとは「麻姑の手」であった。ではその「麻姑」とは一体何かというと……僕が愛用している「大辞林」にはこう書かれている。

中国、神話上の仙女。その爪は鳥の爪のように長く、後漢の蔡経という人がこれを見て、痒いところを掻いたならばさぞ気持ちがよいだろうと思ったという話が伝わる。

ちなみに「麻姑」の読みは「まこ」だが、「まご」と読むこともあるらしい。思いのままに物事が行き届くことを例えて「麻姑を倩うて痒きを搔く(まこをやとうてかゆきをかく)」とか「麻姑掻痒(まこそうよう)」などと言ったりもする。もひとつちなみに、麻姑掻痒の反対語は「隔靴掻痒(かくかそうよう/かっかそうよう)」であり、こちらは靴の上から痒いところを掻くように、思いどおりにいかなくてもどかしいことを表わす四字熟語である。

タモリさんも麻姑掻痒なら知ってると思うのだが、孫の手の由来が同じだとはご存知なかったんですね。あ、それともそんな薀蓄を語るのは野暮だと、オトナの判断をしたのかな?