いろいろ落ち着いたので、今週前半の出来事を一応記しておく。

1日の日曜日の昼に実家の母から電話があり、祖母が脳梗塞で病院に運ばれた旨を聞かされる。幸い命に別状はないが、高齢(なにせ94歳)ゆえ手術するという選択肢はないらしく、血栓を除去する処置をした直後だという話であった。なんとなく先に察しがついたというか、母が言い出す前に「とりあえず明日、帰るわ」と告げる。

仕事の関係各所に連絡し、手元の用事をあれこれ済ませて新幹線に飛び乗ったのが2日の11時17分。いや、品川駅には11時前に着いていたのだが、目先ののぞみは2本先まで満席。3本先はひかりで4本先が11時17分ののぞみだったが、そのどちらに乗っても京都駅を13時25分に発車する特急列車に乗れないので、次の特急まで京都駅で約1時間も待つことに。まぁでもそのほうが目的地の東舞鶴駅まで乗り換えなしで行けるからオーライなんだけどね。

祖母がいるSCU(脳卒中集中治療室)は面会時間が17時からということで、一旦実家に帰って一緒にタクシーで病院へ向かった。祖母は意識がなく、こちらの呼びかけにも反応してくれなかったのが残念だったが、思いのほか元気そうだった。とりあえず僕がこちらにいる間に主治医の先生と話がしたかったので、その旨を依頼してこの日は家に戻った。そしてその夜、看護師さんから電話があり、先生には翌日の夕方に会えることになった。

翌日の3日、先生から詳しく話を訊いた。発症時期は1日の朝7時10分頃で、病院に運ばれてきたのが9時過ぎ。発症直後ということで血栓溶解療法を行なう。これにより新たな出血は起こらなかったが、右脳の一部(割と大きめ)の壊死は止められず、また、運動機能を司る部分にも及んでいるため左半身に麻痺が発生している状態。今日現在も意識レベルは低いがまだ急性期のため、来週あたりに今後の療法について方針を決める予定である。が、脳の壊死状態から見てなんらかの後遺症は残るであろうとの所見。また、高齢ゆえ合併症を併発する危険もあるとのこと。母は何度か訳の分からないことを質問していたが、気は確かに持っていたように見えた。

滞在中に祖母と話すことはままならなかったが、とりあえず仕事が溜まってしまうため4日の早めに東京へ戻った。その後の経過について、母からは特に連絡はないが、年内にもう1度ぐらい帰省する可能性はありそうだ。