尾行中に相手がふいに振り返った際、靴紐を結び直すふりをしてごまかす。刑事ドラマなどにありがちなシーンだ。かがむから顔はバレないし、人々が行き交う路上で自分だけが立ち止まっているという不自然なシチュエーションに必然性をもたらすという意味でも、この行動は確かに理にかなっている。

今日、道端でまさに靴紐を結び直している男性を見かけた。するとどうだろう、これがどうにも不自然に見えて仕方がなかったのだ。思わず彼の視線の先に、尾行相手(もちろんいないだろうけど)を探してしまったぐらい。特に怪しい風貌とかではなく、スーツ姿のどこにでもいそうなサラリーマン風だったにもかかわらず、だ。

思うに、テレビを介して植え付けられた「やや非凡な状況」は、同じテレビを見ている周囲とのコンセンサスによっていつしか非凡ではなくなる。むしろ「あるある」に分類されたりもする。トーストをくわえながら駅まで走っているサラリーマンも、メガネを外した途端に可愛くなる女子も、実際には存在しない。

が、逆に、である。買い物に出かけて財布を忘れたことに気づいたとき「サザエさんかよ!」と自分にツッコミを入れるという状況などは、テレビによって作られた「虚構のあるある」に実態がシンクロした稀有なケースである。そういう意味では、件の男性を見かけたときの僕も、おそらく無意識に「尾行中かよ!」とツッコんでいたのだろう。

えっと、どうまとめたかったんだっけ? まぁいいや。

僕は思った。たとえ靴紐がほどけても道端では結び直さないようにしよう、と。