僕の記憶が確かなら、テレビアニメ「銀河鉄道999」のエピソードのひとつだったと思う。とある星にて籠城事件に巻き込まれてしまった鉄郎のもとにその星の警察機構っぽいロボットがやってきて、いわゆる「武器を捨てて出てきなさい」的な警告をする。が、その警告の最後にはこんなフレーズが付け加えられていた。

「なお、◯分経過しても投降しない場合、人質が死んだものとして総攻撃を加える」

当時中学生だった僕には、これはかなりの衝撃だった。その後の展開をまったく覚えていないぐらい。

銀行強盗やハイジャックなど、人質の生命と引き換えに警察や政府が犯人側から要求を突きつけられた場合、事件を収束させるためには2つの選択肢が考えられる。要求をのむか、もしくは犯人(犯人グループ)の身柄拘束・殺害を試みるかだ。

日本政府はかつて、ハイジャック事件において「要求をのむ」という選択をしたことがある。1977年、日本赤軍が起こしたダッカ日航機ハイジャック事件の際、政府は600万ドル(当時の為替レートで約16億円)の身代金を支払い、超法規的措置の施行による日本赤軍メンバーおよびシンパの釈放を行なった。当時の首相・福田赳夫が言った「1人の生命は地球より重い」という言葉は有名だが、テロリストを海外に逃したことで国際社会から「日本はテロまで輸出する国」と非難された。

ダッカ日航機ハイジャック事件と同じ年、当時の西ドイツ(事件の舞台は地中海から中東)にてルフトハンザ航空181便ハイジャック事件が発生。このときの西ドイツ政府はテロリストの要求を一切受け入れず、特殊部隊によって犯人グループを制圧。人質のほとんどが無事救出された(特殊部隊員1名と客室乗務員1名が軽傷を負ったのみ)。

この2つのハイジャック事件を比較して「日本は弱腰」と結論付けるのは早計である。じつは1970年代に続発したテロリストによるハイジャック事件や大使館占拠事件などにおいては、当該国の政府はテロリスト側の要求をのみ、身柄拘束中のシンパを釈放している。西ドイツも1972年のルフトハンザ航空615便事件では要求をのんでいるし、有名なミュンヘンオリンピック事件では人質救出作戦に失敗し、イスラエルのアスリート11名が殺されるという悲惨な結果となった。逆に言えばというか、これらの事件の苦い経験から西ドイツはGSG-9という人質救出のためのスペシャリストチームを創設し、その後のルフトハンザ航空181便ハイジャック事件の成果に繋がっているわけである。

日本もこのGSG-9に倣い、ダッカ日航機ハイジャック事件のすぐ後に特殊部隊を創設。1995年に発生した全日空857便ハイジャック事件に出動し、犯人を逮捕、人質を救出したことで世間に知られるようになった。現在、SAT(Special Assault Team)と呼ばれている部隊がこれである。

前述した「2つの選択肢」の話でいえば、近年の国際社会は「けして要求をのまず、強行作戦によって事件を早期に収束させる」という方針をとっている。訓練された特殊部隊が犯人側の状況を把握し、早い段階で有利な立場にたつことによって制圧を行なう。人質を危険にさらすリスクはゼロではないが、被害を最小限に抑える努力は続けられている。

ここでふと考えた。犯人側の状況を把握するためには情報収集が不可欠であることはもちろんだが、事件現場となっている空間の規模や設備も重要なファクターとなる。旅客機がいくら大きいと言っても、ずっと上空を飛び続けることはできない(つまり、いずれは地上が現場となる)し、機材やインフラのことを考えれば犯行を進めやすい場所だとも言い難い。銀行や大使館でもそれは同じである。では逆に、どういう空間だと犯人側に有利になるのかといえば、ひとつの国家もしくは実効支配している広大な領土を持つ集団であれば、外部からその場所の状況を把握するのは相当困難となる。

人質の「質」は「しつ」ではなく「しち」。つまり、質屋の「質」と同じ意味である。質物と交渉相手との距離が離れていれば離れているほど質物は奪還されにくくなり、質をとった側が有利となる。しかしながら、交渉自体は距離が近い必要がある。国家(もしくは国家規模の集団)間の人質交渉というシチュエーションは物理的な距離こそかなり引き離しているが、インターネットによって仮想の距離はぐんと縮まっている。テロリスト側に有利な世界が形成されてしまったのである。