人は「分相応な生活をしよう」という言い方をよくする。では、分相応とはどういう状態を言うのであろうか。ある人は「そんなの簡単だよ。収入に見合った生活のことさ」と言うだろう。収入と支出のバランスが釣り合えば、分相応と言えるのか。逆に、分相応な生活を送れば、収入と支出のバランスが保てるのか。
それはある意味、間違っている。ある程度の文化的生活を営もうと願えば、当然の事ながらお金がかかる。文化的生活を営むことで満たされる満足度をAとしよう。そして、そのために必要な収入に対する労働量(=負の満足度)をBとしよう。おそらくそこには「A<B」という図式が成り立つ。
なんだ、エントロピー増大の法則と同じじゃないか。ある断熱系において何らかの状態変化があった場合、系全体のエントロピーの値は、その状態変化が可逆ならば不変であり、不可逆であれば必ず増大する。 人間の欲が不可逆というよりもむしろ、日常生活が閉鎖系ではないのだから。
たとえ誰かが平穏や静寂、不変を求めたところで、世界は動的に変化している。時間軸で移ろうからこそ世の中であり、また、ほとんどの人は変化を求めてやまない。
地球全体をひとつの「系」とするなら、間違いなく状態変化は不可逆である。エントロピーはしばしば「乱雑さ」と表現される。地球上からその乱雑さを減らそうとすると、担当者のエントロピーは増大する。もちろん、減少した分以上に、である。そのエントロピーの増大を元に戻そうとしても、今度は熱源のそれが増大する。強引に結論づけるなら、それは地球資源の不可逆的消費に相当する。
つまり人間である限り、誰もエコロジーを唱える資格はないのである。
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