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本日、2010年6月21日は夏至であった。

夏至とはなんぞやと訊かれれば、諸賢は「1年のうちで昼が一番長い日」と答えるだろう。でも厳密に言うとそれは北半球に限った話で、南半球では同じ日が昼が一番短くなる。いや、ちょっと待てよ。南半球における今(=冬)を表わす言葉に「夏」の字はふさわしくないか?

そう思って調べてみたところ、Yahoo!知恵袋に以下のような質問があった。

広辞苑によると夏至(summer solstice)とは「北半球でもっとも昼の長くなる日」と書かれています。その日は南半球でも夏至と呼ぶのでしょうか?教えて下さい。南半球ではその日は冬ですよね?それでも夏至(summer solstice)なんでしょうか。それとも冬至(winter solstice)と呼ぶのでしょうか。はたまた、文化の違いで単にsolsticeであって、summerとかwinterとか、そんなの関係ねえ なんでしょうか???

で、ベストアンサーに選ばれた回答にはこうある。

南半球の夏至は12月22日/23日、この日は北半球の冬至、この日から、北半球の昼はますます長くなってる。南半球の冬至は6月22日/23日、この日は北半球の夏至、この日から、北半球の昼はますます短くなってる。

これは僕の勝手な憶測だが、おそらく質問者が本来知りたかったのはこういうことではないと思う。というのも、Wikipediaの「夏至」の項目にこんな記述があるからだ。

また、南半球では昼と夜の長さの関係が北半球と逆転するため、天文学的な夏至とは別に、慣習的に「一年中で一番昼が長く夜が短い日」のことを夏至と呼ぶことがある。すなわち、南半球が慣習的な意味での夏至を迎える日は北半球での冬至の日に当たる。

つまり、夏至には天文学的なものと慣習的なものがあるということだ。そういう意味では、ベストアンサー氏は「慣習的な夏至」について述べたに過ぎない。質問者が知りたかったのは、たとえば日本とほぼ経度が同じ(=時差がない)で季節が真逆のオーストラリアでは、今日という日を何と呼んでいるのかという点のはず。というかこれ、僕もすごく知りたいんですけど。

さて、Googleセンセイの助けを借りたところ、疑問はあっさり氷解した。

結論から言おう。オーストラリアでも今日は「夏至」であった。とはいえ「geshi」なんて呼んでるわけではもちろんなく、「summer solstice」。直訳すれば夏の至(極み)という意味になる。でも、オーストラリアじゃこれから本格的な冬がやってくるのに、サマーって……。

その理由も単純だ。そもそも夏至という言葉が生まれたのは、地球上に季節が真逆の場所があるなんてことはおろか、地球が丸いことすら知られていなかった大昔。当然のごとく漢字圏が発祥である。この言葉が東洋から西洋へと伝わり、summer solsticeと訳されることになっても、まだそれは北半球に限った話であった。さらに天文学や暦学が発達し、定気法(←知らない人は各自で調べてね)で「太陽黄経が90度となる日」などと再定義されるようになっても、まだ南半球の存在など夢にも思わない時代。ここから数百年の月日が経ち、ようやっと南半球の存在が北半球の人々に知られる日が訪れ、そして彼らが南に移住する頃にはsummer solsticeが「1年のうちで昼が一番長い日」を表わす言葉としてすっかり定着してしまっていたというわけだ。

こうなるとオーストラリアの先住民族であるアボリジニの間では今日のこの日が何と呼ばれているのか、すごく気になるが……さすがにそこまでは調べきれていません。

Yahoo!知恵袋 - 南半球の夏至とは?
Wikipedia - 夏至

微妙にタイミングのずれた話題でアレだが、先週金曜日(2010年1月30日)は満月だった。月の満ち欠けは30日周期(正確には平均29.5日周期)で繰り返されるため、この2010年1月は月初と月末に2回も満月が巡ってくるレアな月であった。

まぁ元日が満月というのもレア中のレアだが、この「ひと月に2回目の満月」もレアケースであることに間違いはない。滅多にないことを英語で「once in a blue moon」と言ったりするが、じつはこの「blue moon」こそが「ひと月に2回目の満月」のことである。

レアついでに言えば、今年は3月にもブルームーンが起こる。元日が満月の場合、次の満月は1月30日になるが、さらにその次が3月1日と、これまた月初の満月になるからだ。

そんなレアづくしの2010年だが、次に同じパターンになる年はいつなのか? 専門的になるので詳しくは割愛するが、天文学で言うところのメトン周期(19太陽年=235朔望月)によって予想が可能。その結果、約19年周期でやってくることになる。次は2029年だが、その次は2048年ではない。なぜなら2048年は閏年なので、本来の3月1日が2月29日になるからだ。

あ、ちなみに写真は1月30日にベランダから撮った満月。全然ダメダメですね。

2010年の元日の早朝は「満月」のようです。

しかも午前4時前後は部分月食でもあるらしいのだが、月に映る地球の影は最大でも月の直径の8%ぐらいだとか。「そういわれれば欠けてるような……」ぐらいのレベルのようです。

AstroArts - 2010年元日の早朝に起こる部分月食

皆既日蝕は、地球上のどこで見ても太陽がすっぽりと隠れるわけではない。月と太陽の中心がぴったり合う場所で観測しないと、太陽光の一部を月が隠しているようにしか見えない。ちょうど食べかけのアンパンみたいな感じになると言えばお分かりいただけるだろうか。

これを「部分蝕」と呼ぶ。一方、皆既日蝕や金環蝕は「中心蝕」である。今回はインド北部や中国、種子島南部〜奄美大島北部なら皆既日蝕が観測できる。ちなみに、シチュエーションによっては、地球上のどこで観測しても部分日蝕しか見られないということもあり得る。

時節柄というか、日蝕の話。

世の中的には「日食」という表記のほうがメジャー(実際にGoogleの検索結果でも「日蝕」が22万4000件だったのに対して「日食」は9000万件とダントツに多かった)なようだが、日食は日本食堂の略称に思えて仕方がないので、ここではあえて「日蝕」と書く。

さて、今月22日に観測できるのは「皆既日蝕」である。皆既(かいき)とはあまり一般的ではない言葉だが、これは「すべてが尽きる」といった意味合いである。日蝕は太陽の手前に月が重なる現象だが、太陽よりも手前の月のほうが「見かけの大きさ」が大きく、太陽がすっぽりと隠れてしまうことを皆既日蝕という。逆に月のほうが小さければ太陽のふちが輪のように見えることになり、こちらは「金環蝕」と呼ばれる。ちなみに、皆既月食というのはあるが、金環月蝕はない。月蝕では金環蝕は起こり得ないからだ(月に映る地球の影は月よりも大きいため)。

なぜ皆既日蝕と金環蝕の2パターンの日蝕が起こるのか? これを説明する前に、もっと根本的な疑問である「太陽と月の見かけの大きさがどうして同じぐらいになるのか?」を解いておこうと思う。太陽は太陽系の惑星群よりも格段に大きく、ましてや地球の衛星である月なんかとは比べようがないぐらいに馬鹿でかい。一方、地球からの距離を考えると、月は比較的近い位置にあるが、太陽はかなり遠い。というか、想像もできないぐらい途方もなく遠い。

すべからく物体は、遠くにあれば遠くにあるほど見かけの大きさは小さくなる。そんなことは日常の領域で理解できる。でも、まったく異なる位置関係にある太陽と月の大きさが、地球から見るとうまい具合に釣り合ってるって、ものすごいことだと思いませんか?

右の図を見てほしい。月と太陽の大きさや位置関係とは似ても似つかないが、単純なモデルに置き換えてみた。右側の点Oが観測者の位置だとするなら、2つの物体が図のような位置関係にあれば、両者の見かけの大きさは同じになる。視線の広がりにぴったり合っているからだ。この状態において、各々の物体の半径の比(r:R)は点Oからの距離の比(d:D)に等しい。なぜって? 図の上半分の補助線が作り出す2つの三角形(直角三角形)の相似条件……みたいな説明は割愛するが、とにかく、r:R=d:D であれば、両者の見かけの大きさは同じになる、と。これを前提条件として話を進めますよ。

地球を基準に考えると、月までの距離は「月の公転半径」、太陽までの距離は「地球の公転半径」に相当する。両者とも一定ではないため平均値になるが、調べてみたところ前者は38万4400km、後者は1億4959万7870kmであった。つまり、月を1とすると太陽は389.172399となる。一方、月の直径は3474.3kmで、太陽の直径は139万2000km。月を1とすると太陽は400.656247だ。半径の比も直径の比も同じなので、前提条件に照らし合わせると、r:R≒d:Dでおよそ1:400となり、両者の見かけの大きさはほとんど同じであると言える。天文学の専門用語で言い換えれば「月の視直径と太陽の視直径は非常に近い数字である」となる。

前述したとおり、実際には月、太陽ともに地球からの距離は一定ではない(月も地球も公転軌道が真円ではないため、平均公転半径より短いときと長いときがある)。日蝕が起こった時点での距離の比率(太陽÷月)が400を超えていれば、月よりも太陽のほうが見かけの大きさが小さくなり、皆既日蝕となる。逆に400を下回れば金環蝕になるというわけだ。

1月31日付、時事ドットコムの記事より。

月に「永久日照地域」なかった=探査機かぐやで解明−国立天文台
月は自転軸の傾きが小さく、南北両極域の高地には常に日が差す「永久日照地域」があるかもしれないと考えられてきたが、宇宙航空研究開発機構の月探査機「かぐや」による地形観測では、存在しないことが分かった。国立天文台の観測チームが31日までに発表した。研究チームは、かぐやに搭載したレーザー高度計で観測した北緯、南緯とも85度以上の極域の地形を解析した。その結果、500メートル四方単位の地形データでは、北極域の最大日照率は1年の89%、南極域では86%にとどまることが分かった。

ちょっと分かりにくいと思うので、僕なりに咀嚼して解説(←最近こればっかり)する。

まずは地球を思い浮かべていただきたい。地球上の大方の地域には、昼と夜が大体12時間ずつ存在している(かなり大雑把な表現だけどね)。が、白夜という言葉でも知られるとおり、南極や北極の近くの地方では、1日じゅう太陽が沈まないという現象が起こる。

白夜は夏にしか起こらないが、これは地球の自転軸が傾いているためだ。むしろ、自転軸が傾いていることによって、夏や冬が存在していると言い換えてもいい。もしも自転軸がまったく傾いていなければ、四季の移ろいはなくなり、地球上から見た太陽の軌道は毎日同じになる。北極と南極においては常に真横から太陽光が差すことになり、日の出もなければ日の入りもない「1年を通しての白夜」が起こる。前述のニュース記事にある「永久日照地域」とはつまりこれを指しているわけだが、地球上に限って言えばそのような地域はどこにも存在しない。

話を月に戻そう。月の自転軸はほとんど傾いていない。地球の自転軸が黄道面から23.4度傾いているのに対し、月の自転軸の傾きはたったの1.5度。なので、月における北極と南極に近い場所に永久日照地域があるんじゃないかと期待されていたわけだ。「期待されていた」と書いたのには理由がある。この有無が、月面基地計画に大いに関係しているからだ。

アメリカ航空宇宙局(NASA)は2022年頃を目標に、月面に基地を建設して駐在員(?)を常駐させる計画を進めている。日本でも宇宙航空研究開発機構(JAXA)を中心に月面基地計画の検討を始めており、今回のかぐやによる観測もその下準備として行なわれた。

月に永久日照地域があるなら、そこに月面基地を建設するのがベストである。なぜか? 常に太陽光発電の恩恵が得られる理想的な場所だからだ。でも存在しなかったんだけどね。

2つ前のエントリ「アエクイノクティウム」(ラテン語で昼夜平分時の意。英語だとequinox)の補足というか、もうちょっと分かりやすい解説をしておこうと思う。

当該エントリではいきなり天球座標系なんか出てきて面食らった方も多いだろうから、今回は太陽を真ん中にした馴染みやすいモデルを例に挙げる。それが右の図ね。地球は1日周期で自転しながら、太陽の周りを1年周期で公転している。ここまではオーケーですね。で、地球の自転をコマの回転に例えると、芯にあたるのが自転軸。図の地球には串みたいなものが刺さっているが、これを「架空の軸」だと思っていただきたい。

図のように地球の公転軌道を水平面に見れば、地球の自転軸は少し傾いている。実際には垂直方向に対して約23.5°の傾斜角がある。天球座標系では天の赤道と黄道との間の傾斜角だったが、まぁこれはどっちを基準にするかの違いというか、相対的なものでしかない。

図の下半分で描かれている2つの地球は、左が夏至で右が冬至の日照状態を表わしている。我々が住んでいる日本のあたりを見てほしい。自転軸が傾いていることで、夏至のときには太陽光がほぼ真っ直ぐに降り注ぎ、逆に冬至のときには斜めに差し込むことになる。加えて、1年のうち夏至の日の昼間が一番長くなり、冬至の日の昼間が一番短くなる。正確に言えば「太陽の南中高度」云々なんてコムツカシイ表現になるし、太陽光の照射量の多少がそのまま気温と直結するわけではないのだが、ここではいろいろひっくるめて「夏至の頃が一番暑くなり、冬至の頃に一番寒くなる」と思ってほしい。これが日本における夏と冬である。ついでに言えば、南半球のオーストラリアが日本とまったく逆の季節になるのもお分かりいただけるだろう。

今回はここまで。このネタ、(おそらく)続きます。

賢明なる読者諸賢から……というか、飲みの席で友人から質問を受けたのでフォローしておく。10件前のエントリ「先進国の中では日本は最多」でこんなことを書いた。

秋分の日(と春分の日)は天体の状態によって決まるため、前年2月の官報で発表されるが、今年2月に2009年の秋分の日は9月23日と決まった。

大体予想がつくと思うが、彼の質問は「秋分の日って、毎年同じじゃないの?」であった。

秋分の日と春分の日はベースが同じなので、とりあえず秋分の日で話を進めるが、まずは「秋分とは何か」を説明する必要があるだろう。分類的には冬至(夏至)や立秋(立春)などと同じ中国由来の「二十四節気」のひとつであり、今の暦で9月23日頃から10月8日頃(寒露)までの期間をいう。が、天文学における秋分は次のように定義されている。

天球上の黄経180度の点を太陽が通過する瞬間

おっと、いきなり難しくなりましたね。使われている用語を紐解きながら、基本的なことから説明するとしましょう。

まず、地球に赤道というものがあるように、天体にも「天の赤道」というものが存在する。いや、正確には地球の赤道ありきな特殊な考え方というか、天動説風な座標系というか、要するに天球上の天体の位置を「地球を中心にして相対的に天体が動いているモデル」として考え、地球の赤道を天球上に延長した線が「天の赤道」である。まぁ言葉で説明するよりも右の図(クリックで拡大)を見てもらったほうが早いか。このモデルにおいて、太陽は天の赤道に対して約23.5°の傾斜をもった軌道で公転していると考えられ、この「見かけの軌道」のことを黄道と呼んでいる。はい、ここまで大丈夫ですか?

図で示したモデルは「赤道座標」と呼ばれるが、黄道を基準に(つまり水平面として)描けば「黄道座標」となる。この手の天球座標系において、黄道上を移動している太陽は1年に2回、天の赤道と交差する。太陽が下から上へ(天球の南から北の方向へ)と交差する点を「春分点」と言う。これを黄径0°の出発点とし、太陽の移動につれて値を増やすと、黄径180°の位置で上から下へ(天球の北から南の方向へ)天の赤道と交差する。この点が「秋分点」である。秋分点を太陽が通過する瞬間のことを「秋分」、秋分を含む日を「秋分日」と言う。つまり、この秋分日を祝日法で「秋分の日」と定めている(正確には、国立天文台の算出する天文学的秋分日をもとにして閣議決定される)わけだ。これは春分、春分日、春分の日も同様ね。

ここでようやっと、最初の質問に戻る。地球が太陽の周りを1周する期間、つまり公転周期を1年としているから、春分の日も秋分の日も毎年同じになるように思える。が、実際には「ある理由」によってわずかなずれが生じ、そのずれが大きくなると違う日になる。祝日としての「秋分の日」は官報の発表によって決まるが、天文計算で求められる秋分日(の予想日)で言えば、来年2009年から2030年までの22回の秋分日のうち、17回は(今年と同じ)9月23日だが、2012年、2016年、2020年、2024年、2028年の5回は9月22日となる。

ではその「ある理由」とは何か? ひとつは、閏(うるう)年である。地球の公転周期、つまり天文学上での1年は365.2421904日(およそ365日と5時間49分)という中途半端な数字であり、これを補正するために閏年が存在している。小数部分の0.2421904は約4ぶんの1であるから、4年ごとにカレンダー上の1年に1日プラスすれば補正できる。だから4年に1度、閏年があるわけだ(実際には他の補正法も併用される)。4年経てばリセットされるものの、太陽が秋分点を通過する瞬間が深夜0時を前後する年があれば、秋分日は通年とは違う日になる。

もうひとつの理由は……長くなっちゃったので続きは、また。

ネットで拾った理系小咄っぽいネタ(いろいろ加筆修正)。

息子のカスタネットを眺めながら積年の疑問を考えていた。それは「なぜカスタネットは赤いのだろう」という問いである。これは簡単に見えて奥の深い問題だ。赤方偏移という現象がある。宇宙空間において地球から高速に遠ざかる天体ほどそのスペクトル線が赤色の方に遷移するという現象だ。つまり本来のカスタネットが何色であろうとも、カスタネットが我々から高速で遠ざかっているとすれば毒々しく赤く見えるはずである。目の前のカスタネットは高速で動いているか否か? それはカスタネットの反対側に回ってみる事でわかる。運動の逆方向から観察する事でスペクトルは青方遷移し青く見えるはずだからだ。逆に回ってみたところカスタネットは青かった。よってこのカスタネットは高速移動をしてると言える。

小久保英一郎氏についてさらに調べていたら、以下のページに辿り着いた。

「地球だけが特別なはずがない」の章が特にいいねぇ。

TOKYO SOURCE - 020 小久保英一郎(理論天文学者)前半

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