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あれは確か、押尾学の裁判で有罪判決が出たその日の夜だったと思う。飲みの席にて、隣に座った女の子からおもむろに「ねぇねぇ、執行猶予って何?」と訊かれた。お店のスタッフが「そーみんに訊いてみたら」と吹き込んだらしい(よくあることなんです)。僕も酔っていたので、とりあえず「ある一定期間、刑の執行を猶予するってことだよ」と優等生的な回答をした覚えがある。続いて「その期間が終わるとどうなるの? 無罪?」と、予想どおりの返しだったので「執行猶予中に他の罪で逮捕されたりしなければ、期間が満了すれば刑は執行されない。確か……前科もつかないんじゃなかったかな」と語尾がちょっとあやふやながら答えた。

果たして、これは正しかったのか?

調べてみたところ、僕の説明はおおむね合っていた。たとえば「懲役2年、執行猶予3年」という判決のことを「3年後に刑が執行されて刑務所に2年間入る」と勘違いしている人も少なくないと思うが、実際には3年の間に他の刑事事件を起こさなければ、言い渡された刑(この場合は2年の懲役刑)が執行されることは将来的になくなる。前科にもならない。「え〜、なんだか甘くない?」と驚く向きも多いだろう。前述した質問者の女の子もそう言っていた。

もちろんというか、執行猶予のつかない判決(実刑判決という)もある。日本の刑法では死刑に執行猶予がつくことはない(中国はつくことがあるらしい)し、非常に軽い刑(拘留や科料)にもつかない。初犯で懲役3年以下の場合につけられることが多いようだ。

ところで今回、執行猶予についていろいろ調べていて、禁錮(きんこ。禁固と書く場合もある)という用語が気になった。受刑者を刑事施設に拘置する刑罰のことだが、これは懲役とどう違うのか? 大雑把に説明すると、両者の違いは単に刑務作業があるかないかである。禁錮はただ拘置するだけだが、懲役は所定の作業を行なわなければいけない。もっとも禁錮の場合も、受刑者が刑務作業を願い出ることができる(請願作業)ので、両者を区別することの意義は疑問視されているそうだ。

禁錮や懲役は「自由刑」の一種とされている。つまり、受刑者の自由を奪う刑である。自由刑以外の刑には何があるかと言えば、身体刑と財産刑、そして死刑がある。それぞれがどんな刑なのかは、ここで詳しく説明しなくてもなんとなく意味がお分かりかと思う。

そういえば、Wikipediaで「身体刑」を調べたときに目にした以下の記述が気になった。

身体刑は、死刑と並び、近代以前までは最もポピュラーな刑罰のひとつであった(前近代における刑罰は基本的にすべて「身体刑」であり、そのうち受刑者の死亡につながるものを現代から見て「死刑」としてまとめているという見方も出来る)。具体的な内容はそれぞれの場所で異なるが、「四肢の切断」「去勢(宮刑)」などの身体機能を損なうもの、「鼻そぎ」「入れ墨」など犯罪者であることがわかるような目印を残すもの、「鞭打ち」「杖刑」など肉体的な苦痛を与えるもの、などの系統に分かれる。また、前述のとおり重い身体刑はしばしば受刑者の死亡につながるものであり、「身体刑」と「死刑」は対となっていたわけではなく、重なりつつ全体として「刑罰」を構成するものでもあった。

四肢の切断や鼻そぎのあたりがなんとも痛々しいが、今の日本では、身体刑は日本国憲法第36条に定められている「残虐な刑罰の禁止」に抵触するものとして認められていない。

蛇足ながら、同項目には江戸時代の日本の身体刑についてのこんな記述も。

身体刑としての入墨には、腕に輪を描くように入れて目印とするものや額に累犯に応じて「一」「ナ」「大」「犬」と書き加えていくものなどがあった。

額に「犬」って……前科4犯なのに全然怖くないかも。

すでにニュース性が薄れてきた感もあるが、漢検問題の続きをば。

漢検こと財団法人日本漢字能力検定協会は、公益を目的とした公益法人である。そして、公益法人には税制上の優遇措置がある。ここまでは前回書いたとおりだが、その後いろいろ調べてみた結果、微妙に違うというか、実際にはもう少し複雑な事情が存在していた。

公益法人という言葉が取っつきにくいかもしれないので、本稿では便宜上「非営利型法人」という言葉に置き換えて解説する。財団法人も社団法人も、さらにはNPO法人や宗教法人も、みんなこの非営利型法人の範疇であり、その大前提として「利益を分配してはならない」というのがある。株式会社をはじめとする一般法人には「配当」や「残余財産の分配」があるのに対し、非営利型法人にはそれがない。一般法人は法人税という形で課税されるが、これは本来は配当を受ける相手(=株主)に課税すべきところを、取りっぱぐれのないように法人から先に徴収しておくという考え方である(フリーランスへの源泉徴収も同じ考え方)。よって、剰余金(余ったお金ね)の分配を行なわない限り、非営利型法人は原則として非課税となっている。

しかしながら、非営利型法人であっても収益事業を営む場合には、その収益事業部分については課税される(ちなみにその税率も一般法人のそれに比べれば低く設定されている)。

つまるところ、この「収益事業」というのがクセモノである。

法人税法における収益事業とは「販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて営まれるものをいう」と定義され、具体的に34(以前は33だったが、公益法人制度改革によって労働者派遣業が追加された)の事業名が規定されているが、その意図するところは「一般法人と競合する事業」だったりする。つまり、非営利型法人が一般法人と同じような事業を行なった場合、非営利型法人が全面的に非課税だと競争が不公平になるという考え方だ。

漢検の場合、約71億6100万円の経常収益(2008年3月期)の約84%が漢字検定事業によるものだそうだが、これが前述した収益事業とみなされるかどうかは微妙なところだ。一方で、約15%を占める出版事業に関しては課税対象になっているものと推測される。

いずれにせよ、漢検に対して「儲けすぎているのに税制上の優遇を受けようってのがけしからん!」というのは批判理由として適当ではない。法人税法に則っている以上、非営利型法人は公益事業を営んでいようがいまいが法人税は非課税というのが原則であり、漢字能力検定事業自体も一般法人と競合する収益事業に該当するとは一概に言えないからだ。

もっとも、漢検にまつわる問題については、多額利益云々よりもむしろ大久保(元)理事長らが利益を不適切な目的に利用していたこと、いわゆる「私物化問題」のほうがウェートが大きかったりする。まぁこのへんに関しては、ここで僕がどうこう言うよりもニュースサイトの特集記事とかWikipediaあたりを参照していただいたほうが明確に分かると思います、はい。

Wikipedia - 日本漢字能力検定協会

夫婦でニュース番組を見ていたときの奥様の素朴な疑問から、こんな会話が始まった。

「ところで、漢検って何したの?」
「どうやら儲けすぎたのが問題らしいよ」
「漢検だけでそんなに儲かるの?」
「人気があるから受験料収入もすごいでしょ。ゲームソフトのライセンス料とかもあるし」
「そっか。でも、儲けすぎるとなんでダメなの?」
「漢検は普通の会社じゃなくて、財団法人だからだよ」
「それだと儲けちゃいけないの?」
「う……うん、なんかそういうこと……みたいよ」
「でもさ、儲けちゃいけないんだったら、どうやって社員の給料を払うの?」
「いや、利益をまったく出すなってことじゃなくて……」

途中からどう説明していいのか分からなくなってしまったので、あらためて調べてみた。

漢検(財団法人日本漢字能力検定協会)にまつわる問題には、3つの「けしからん!」が混在している。ひとつは前述したとおり、営利を目的としないことが原則である財団法人が多額の利益を上げていること。もうひとつは、理事長や親族が役員を務める企業に業務を委託し、事業を私物化した疑いがあること。そしてもうひとつは、本件が内部告発によって明るみに出たこと。つまり、漢検の主務官庁である文部科学省が監督を怠っていたことも問題視されている。

これを踏まえた上で、「僕なりの解釈」で奥様の素朴な疑問に答えてみる。

まずは財団法人について。社団法人と並んで「よく耳にするけどどんなものかよく分からない」という存在の代表格だと思われるが、もっともストレートな説明をすれば「法人格を付与された財団」のこと(一方の社団法人は「法人格を付与された社団」)。もうちょっと詳しく言えば、大手企業の創業者など特定の個人または企業から寄付された財産によって設立され、その基本財産によって得られる金利を主な収入源として運営される法人である。

財団法人はもともと、社団法人と共に公益(=公共の利益)を目的とすることが条件だったが、公益法人制度改革によって昨年12月からは「公益目的じゃなくても非営利であれば設立可」となった。よって、現行法下での財団法人には公益目的のものとそうでないもの(一般財団法人)が存在する。件の漢検は財団法人格だが、公益を目的とした公益法人である。正確には特例民法法人のひとつである特例財団法人とされるが、これは公益法人制度改革前に設立された公益財団法人だからだ(期間中に認可申請すれば現行法の公益財団法人に移行できる)。

まぁそんな小難しいことはじつはあんまり関係なく、漢検が「公益法人」であることが最重要ポイント。公益法人が(必要以上に)儲けてはいけない(とされる)主な理由が、税制上の優遇措置にあるからだ。そう、公益法人に課税される利率は一般の法人よりも低いのである。

久々に長文を書いたような気がするが、一旦休憩。続きは後ほど。

グアンタナモの話の続き。

キューバに米軍基地が存在し続けたのはなぜか? 簡単に言えば、入居時の契約書のせいで店子(=アメリカ)を追い出すことができない大家(=キューバ)みたいな図式である。

そもそもグアンタナモ米軍基地は、沖縄や神奈川にある在日米軍基地とは大きく異なる点がある。日本の米軍基地の場合は統治権はあくまでも日本にあるが、グアンタナモの場合はほとんど「アメリカの領土」と言ってもいい。もうちょっと詳しく言うと、グアンタナモ湾にある約116km2の敷地をキューバから永久租借している。要するに「ずっと借りてていい」という契約が交わされているのだ。

1902年にキューバが独立する前に締結されたパリ条約により、グアンタナモに米軍基地が置かれることになったのは先のエントリで述べたとおり。実際には1903年に結ばれた恒久条約によって、グアンタナモ湾とバイア・オンダを年間2000ドルで租借することになった。条約によれば、租借期間中はキューバの主権は停止され、アメリカが統治権を行使できるとされていた。

時は流れて1934年、クーデターにより政権を勝ち得たバティスタと、当時のアメリカ大統領だったルーズベルトの間で新たな条約が結ばれる。アメリカの全面干渉権を認めさせたプラット修正条項は破棄されたが、軍事基地の永久租借にまつわる条約は破棄されなかった。そして、両国の合意があった場合もしくはアメリカが基地を一方的に破棄した場合にしか租借が終了できないよう条件が変更された。また、条約上はキューバが主権を持つが、アメリカが完全な司法管轄と行政支配権を持つとされた。つまり、名実ともにアメリカの実効支配下となったわけだ。

そしてまた時は流れ、カストロの時代がやってくる。が、たとえ両国が国交を断絶しようとも、アメリカはこの永久租借権を盾に居座り続けた。前述した大家と店子の図式の意味が、これでお分かりだろう。ルーズベルト時代に租借料は4085ドルに値上げされたが、アメリカ政府は現在もこの額の小切手を賃料としてキューバ政府に送り続けている。カストロが受取を拒否し続けているにもかかわらず、だ。もっとも、現在のレートだと50万円にも満たない額ですが。

ちなみにキューバ危機の際には、軍人の家族はアメリカ本土へ疎開したそうだ。1964年には、キューバ政府が基地への給水をストップ。アメリカ側も負けじとハイチから船で水を運んだり、基地内に海水淡水化工場を造って自給できるようにした。境界線上にはキューバ側が1961年に敷設した鉄条網が張り巡らされており、その際に両国によって地雷が埋設された。基地側の地雷は1996年に撤去されたが、キューバ側の地雷原は今もそのままである。

2002年からは、主にアフガニスタンやイラクで拘束されたイスラム過激派テロ容疑者の収容所として使用されるようになったが、わざわざこの場所にテロ容疑者を収容する理由のひとつに、地雷原によって脱走がしにくいという点があるにはある。が、それよりも人権団体やマスコミに邪魔されることなく非人道的な尋問(平たく言えば拷問)が可能というメリット(?)のほうが大きい。そしてもちろん、オバマはそれを撤廃するべく例の大統領令を発したわけだ。

オバマ米大統領は就任早々の1月22日、悪名高きグアンタナモ基地のテロ容疑者収容所を、1年以内に閉鎖することを命じる大統領令を発した。グアンタナモ基地とは、キューバ南東部の都市グアンタナモ(のグアンタナモ湾)にある米軍の軍事施設のこと。ここでひとつの疑問が頭に浮かぶ。

なんでキューバに米軍基地があるの?

じつは僕自身、マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』ではじめてこの基地の存在を知ったクチである。そもそもアメリカはキューバ革命以降、この国との国交を断絶しているはず。なのになぜ……と、不思議に思いつつもその経緯とか歴史的背景を知る機会を逸してきたわけだが、先ほどいろいろ調べてみてようやく謎が解けた。僕なりに咀嚼して解説しよう。

歴史上の重要なポイントは、1898年の米生鮮そう……ありゃ、一発変換しないな。えっと、米西戦争である。この場合の西はスペイン(西班牙)。結論から先に言うと、この戦争の勝者はアメリカであり、これにより同国はカリブ海および太平洋にあるスペインの植民地を得た。

20世紀のキューバの歴史家は、この史実を米西戦争ではなくスペイン・アメリカ・キューバ戦争と呼んだ。というか、キューバ国内では1946年の議会決定によって、こっちの呼び方が正式名称となっている。立場が変われば見方も変わるもので、スペイン・アメリカ・キューバ戦争は「独立をめぐるキューバとスペインの争いに途中からアメリカが介入した」という図式である。正義を振りかざして他国のことに首を突っ込む性分は、今も昔も変わらないんですね。

とはいえ、当時のキューバ独立軍はアメリカへの併合を望んでいた。だから結果的には「スペイン支配からの解放をアメリカが助けた」ということになる。そして1902年5月20日、キューバは独立する。独立とはいっても、主人がスペインからアメリカに交代しただけ。実際、キューバ国憲法に盛り込まれたプラット修正条項には、アメリカの内政干渉権をキューバが認めることが盛り込まれていた。キューバ国内のグアンタナモ(とバイア・オンダ)に米軍基地を置くことも、独立時に締結されたパリ条約によって「双方の合意」ということで決まったわけである。

その後のキューバはというと、アメリカによる半植民地支配のもとで腐っていくんですね。最終的にはバティスタ政権による独裁政治が1950年代まで続いた。それを打ち砕いたのが、そう、フィデル・カストロとチェ・ゲバラ。これが世に知られたキューバ革命である。

アメリカの傀儡政権からの脱却を目指した革命政権であるからして、アメリカはこの政権を敵とみなした。では、アメリカに敵視された革命政権はどうしたか? ソ連と手を組むわけですね。そしてキューバ政府は国内にあるアメリカ企業を追い出し、アメリカ資本の石油精製会社や製糖会社、電話会社、銀行・商業・工業の大企業を国有化した、と。

おっとっと、本題はグアンタナモ基地だったか。ついついキューバ革命の話に熱が入りがちだが、閑話休題。話を元に戻そう……と思ったけど、長くなったので続きは、また。

しつこくCDSネタというか、リーマンのその後についてフォローしておこうと思う。

リーマン破綻から約1ヶ月後の昨年10月10日、金融派生商品(デリバティブ)を扱う事業者の業界団体であるISDA(国際スワップ・デリバティブス協会)のもとで、あるオークションが執り行なわれた。ほかでもないリーマンを対象にしたCDSの清算価格を決めるためのオークションである。結論から先に言えば、リーマンCDSの清算値は「元本の8.625%」で決定した。

リーマンCDSの保証契約上の元本は、市場推定で約4000億ドル。8.625%の価格で落札されたということは、91.375%の債務をCDSの発行主体(売り手)が負うことになるわけだ。

リーマンを対象にしたCDSを発行していたヘッジファンドは、バンクオブアメリカ、バークレイズ、BNPパリバ、シティ、クレディスイス、ドイツ銀行、ゴールドマンサックス、HSBC、JPモルガン、メリルリンチ、モルガンスタンレー、UBS、sh-dbcgといずれも名の通った金融機関ばかり。で、これらのヘッジファンドが取引相手(カウンターパーティと呼ぶそうだ)に対して実際に現金などの形で支払った額は、約80億ドルと言われている。

え、何で急にそんな額になるの? 理由を簡単に説明しよう。

社債と同時にCDSを購入した機関投資家は、社債のデフォルトリスクは回避できたかもしれないが、CDSの売り手が破綻するリスクがまだ存在している。CDSの発行主体は信用度が高い金融機関だったりするが、それでも債務超過に陥る可能性はゼロではない。よって、CDSの対象となっている企業の業績が悪化すると、発行主体が「来るべきXデー」に備えてそれなりの担保を差し入れることがCDS市場の慣例となっている。それなりの担保とはつまり、なるべく現金に近い金融商品のこと。ほとんどの場合、G7諸国またはOECD諸国政府が発行した債券(国債)もしくは現金そのものが、売り手と買い手の合意のもとで差し入れられる。

この担保請求をはじめ、さまざまなリスク管理が行なわれていたことによって、各ヘッジファンドはリーマン破綻にともなうCDS保証の損失を比較的少なく抑えられたというわけだ。

再びというか三たびというか、CDSについて。

CDSの仕組みは債務保証のそれに似ているが、売買には債務者も債権者も関係ない。ここまでは3つ前のエントリで書いた。その説明のために例を挙げよう。仮に「そーみん企画」という企業があったとしよう。なんだかうさんくさいが、大企業だと思ってほしい。この会社のCDSが市場でどれだけ取引されようが、会社が何らかの資金を調達できるわけではない。また、あなたがそーみん企画のCDSを買ったとしても、会社の経営状態が安定している限りは何の見返りもない。ただし、そーみん企画が破綻してしまった場合、あなたは結構な金額を手に入れることができる。このお金を支払うのはそーみん企画ではなく、CDSを売った側である。

CDSを買うにはプレミアム(保険料・保証料)という名目のお金を一定期間(通常は1年)ごと、もしくは最初にまとめて支払うが、このプレミアムは様々な要素を勘案して算出される。CDSの対象企業には「CDS値」という指標が設定され、株価のように日々変動している。たとえば僕の贔屓のビール会社、サッポロホールディングスの1月22日現在のCDS値(参考値)は218bp(ベーシスポイント)。この会社が今日明日にでも潰れるとは思わないが、万一破綻した際に100万円になることを期待してCDSを買うなら、最初の1年間のプレミアムとして2万1800円を支払うことになる(あくまでも手数料などを無視した単純計算ですが)。

CDS値は「その会社が向こう1年以内に破綻する確率」を数値化したものとも言える(パーセンテージに換算したいなら100で割ればいい)。ちなみに業界では、200bp以上を「要注意」、400bp以上なら「危険区域」と見るそうだ。おいおいサッポロ、大丈夫か?

と、ここまでの説明だと、まるで競馬か競輪のようにしか思えないかもしれない。しかしながら、CDSの本来の利用法はいたって健全だったりする。今一度、そーみん企画を思い浮かべてほしい。事業拡大か何かでまとまった資金を調達する必要があり、社債を発行したとしよう。そして、太っ腹な機関投資家がこの社債を1億円ぶん買ってくれた、と。社債(債券)の仕組みや特徴は2つ前のエントリで解説したとおりだが、これを一定期間保有したら、機関投資家は1億円と利息を手にすることができる。が、償還日までに肝心のそーみん企画が破綻してしまったら、せっかくの1億円の債券も紙くず同然になってしまう(大抵の場合はジャンク債と呼ばれる大幅に価値の低いものになる)。そんなリスクは避けたいと考える機関投資家は、社債と同時にCDSも購入することを考える。この時点でのそーみん企画のCDS値が100bp(優良企業だね)だったとしよう。万一潰れたときのことを考えて、これを100万円ぶん購入する。それならそーみん企画が破綻して社債が償還されなかったとしても、CDSを清算して1億円を回収することができる(実際には破綻時の社債の残存価値などによって清算金額は変わるらしい)。これなら競馬や競輪よりも、むしろ掛け捨ての保険に近いイメージだろう。

またまた変なたとえ話で申し訳ないが、今度は「そーみん損保」という保険会社があったとしよう。友達をなんとか100人集め、1人1万円の年間保険料を受け取ったとする。つまり、僕の手元には100万円が手に入った。このまま全員が平穏無事なまま1年が過ぎれば、この100万円はまるまる僕のものだ。しかし、契約者の1人が事故を起こした。過失相殺とかそんなのはすっとばして、僕が彼に支払う保険金が50万円だったとしよう。これでもまだ50万円の黒字だ。しかしながら、保険金50万円クラスの事故を起こした契約者が3人以上いれば、ここで一気に赤字転換となる。逆に言えば、1年の間に保険金を合計150万円支払う確率が100%であり、それでも50万円は利益を出したいのであれば、100人の契約者に課す保険料は1人あたり2万円に設定しなければならない。300万円の保険金を支払う確率が50%であっても、確率論的には同じことが言える。契約者の数が多くなればなるほど、突発的な出費があっても全体に分散される。実際にはもっと緻密な計算が行なわれるが、世の中の保険料算出のベースはこんな考え方だ。

なんで保険の仕組みなんか例に挙げたかというと、契約者への保険金支払い義務はそのまんま保険会社の債務であり、みんながみんな事故を起こして保険料を請求すると途端に債務超過に陥ってしまう。これがこの未曾有の金融危機とCDSの関係によく似ているからである。

時計の針を少し戻し、昨年9月にアメリカで起こった出来事を思い出してほしい。9月7日に住宅金融大手のファニーメイとフレディマックが国有化され、15日には証券大手のリーマン・ブラザーズが倒産。17日には世界最大の保険会社AIGが破綻して国有化され、25日には最大手の貯蓄組合だったワシントン・ミューチュアルが破綻してJPモルガンに買収された。

これら米大手5社のうち、もっとも破綻の影響が大きいとされたリーマン・ブラザーズの発行済み債券額は約4000億ドル(円じゃないよ)。破綻後はこれが10ぶんの1の価値しかないジャンク債となった。仮にCDS契約がまったくなかったとしたら、回収不可能な債権(券じゃないよ)、いわゆる不良債権をリーマンの社債を購入した機関投資家が抱えることになる。ジャンク債を換金してもプラスマイナス3600億ドルの不良債権だ。では、すべての債券に同額保証のCDS契約があったとしたら……おいおい、そんな保険金、誰が支払えるっていうんだ?

時世が時世だけに、飲みの席でもよく経済や金融の話題になることがある。が、とかくこの世界は用語の難しさが、ただでさえ高い敷居をより一層高くしているきらいがある。たとえば先のエントリで取り上げたCDSを素人さん(かくいう僕自身も昨日今日興味を持ち始めたクチだが)に説明しようと思っても「企業がデフォルトになった場合にね」「え、デフォルトって何?」「債務不履行のことだよ」「債務って?」みたいなことになる可能性は高い。

だからというか、先のエントリの続きを書く前に、もうちょっと手前から解説しておきたいと思う。経済に明るい人や専門家にとっては「何を今さら」なことをあえて書くので、読み飛ばしていただいても構わない……ってなんだか偉そうな物言いですね。すみません。

およそ世の中の企業というものは、多かれ少なかれ借金をしている。借金というと何だか聞こえが悪いが、要は何らかの方法で資金調達を行ない、事業拡大の元手にしたりいつの間にか膨れあがった関係各所への支払いに充てたりするわけだ。事業が軌道に乗れば利益が得られるので、調達元へ利子を付けて返済することができる。資金調達先が銀行であれば銀行が債権者であり、借りた会社が債務者となる。「債」とは、返さなければならない金品自体、もしくはそれによって生じる負い目のこと。貸したほうには債を回収する(返済してもらう)権利=債権が発生し、借りたほうは債を返済する義務=債務を負う、と。かたや権利で、かたや義務ね。

債権は第三者へ売却もしくは譲渡されることもある。親が残した借金の証文がヤクザの手に渡って……みたいなドラマでおなじみの風景が思い出されるが、まぁそんな物騒な話ではなく、債権が有価証券化されて市場で取引されるということ。サイケンがユウカショウケンカと言った時点で全然易しくない説明なのだが、もひとつややこしいことに有価証券化された債権のことを債券といい、こちらも同じ「サイケン」だったりする。「券」のほうのサイケンは要するに紙だが、紙は紙でも法律で効力が保証されている紙。何の効力かと言えば、一定期間保有すれば券面の金額を返してもらえる(償還という)こと。さらに、利息が受け取れることだ。

企業が発行母体となる債券を「社債」といい、企業は社債を発行することによって(銀行ではなく)市場から資金を調達することができる。社債を購入するのは大抵の場合は機関投資家と呼ばれる企業体(金融機関や投資ファンドなど)である。意外に思うかもしれないが、銀行や保険会社なども、債券(や株式など)に投資することで預金や保険料などを運用している。

えっと、ここでようやくCDSの解説の「本題」へと続きます。

昨夜のTBS「CBSドキュメント」で、CDSについて取り上げていた。Credit Default Swapの略で、番組ではこれを今日の金融危機の「諸悪の根源」としていた……というか、後で調べたら金融業界では周知の事実だったんですね。僕自身は名前すら今回初めて知ったわけだが、番組を見てもいまいち存在理由が分からずじまい。MCのピーター・バラカン氏も「企業がつぶれることを前提に儲ける仕組み。なんでこんな商品が存在するのか良識を疑う」と言ってたし。

こういうときは何はさておきWikipediaなのだが、ひととおり読んでみてもまだピンと来ない。そこで、フィナンシャルプランナーのお歴々のblogをいくつか覗いてみた。結果、大まかにではあるがなんとか理解できたので、僕なりに咀嚼して解説してみようと思う。

この世の中には金融派生商品(デリバティブ)というものがある。「金融取引における相場変動などのリスクを避けるために開発された金融商品」と定義づけられ、企業のデフォルト(債務不履行。要するに借金が返せなくなること)のリスクを取引する金融派生商品をクレジットデリバティブという。CDSもそんなクレジットデリバティブの一種だが、ものすごく大雑把に言えばこれは「企業の危険度を賭けの対象にしたハイリスクなギャンブル」である。

どんなに優良な企業であっても、破綻の可能性はゼロではない。ましてや当面の資金調達が必要な会社はその可能性が大きく、それが債権者(貸し手)の不安材料となりうる。債権者は配当を期待して身銭を切るわけだが、元本が回収不能になっては元も子もないからだ。

市場経済は金が回ってナンボなので、どうにかして債権者の不安を取り除く術を考えなくてはならない。そこで保険のような仕組みが生まれた。債務者(借り手)と債権者とは別に第三者である保証人(保証会社)を設け、万一の際にはこの保証人が債務を肩代わりする(=本来の債務者のかわりに元本を返済する)わけだ。保証人は善意の第三者ではなく営利を目的としているため、債務者または債権者との間で保証契約を結び、相手方から保証料を受け取る、と。

保証人が保証料を受け取る相手方は、通常は債務者であるケースが多い。住宅ローンにおける信用保証会社の存在が分かりやすいだろう。住宅ローンの借入を受ける際、金融機関の指定する信用保証会社の保証を得られることが借入要件になっている場合がある(我が家の場合もそう)。この場合、信用保証会社へ支払う保証料は借り手、つまり住宅購入者が支払う。我々庶民にとってはローンの利息に加えて貸し手のリスク回避コストも上乗せされていると思えなくもないが、むしろ信用保証会社を間に入れることで借入時の審査をゆるくしてもらっていると考えたほうが自然である。いずれにしても借り手の立場が弱いことに違いはないわけだが。

保証人が受け取る保証料は、債務よりも安い金額に設定されている。複数の相手と保証契約を結ぶことでリスクを分散させ、その上でトータルで利益を出しているわけだ。また、債務者を精査してはじき出された信用度によって保証料は増減する。このへんはリスク細分化型の損害保険などと同じ仕組み。たとえば自動車保険は、事故を起こす可能性の低い人(30歳以上、車両を主にレジャー目的に使用、ゴールド免許保有など)ほど保険料が安いでしょ?

今説明した仕組みを「債務保証」という。CDSの仕組みもこの債務保証に似ているが、根本的に違う部分がある。それは「CDSの売買には債務者も債権者も関係ない」ということ。それじゃ保証人はというと、CDSの売り手がそれに相当する……というか近い動きをすると言ったほうが正確か。そして、債務者とも債権者とも関係ない「CDSの買い手」も存在する。

なんだか長文になったので、書き手は一旦休憩。続きは、追って。

まずは8日付、ロイターのニュース記事。

日中韓、十分な外貨準備で金融危機には直面せず=韓国大統領
韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は8日、中国と日本、韓国の外貨準備は合計1兆8000億ドルにのぼり、欧州で広がっているような金融危機には直面しないとの認識を示した。青瓦台(大統領府)が発表した声明によると、大統領は、韓国には需要を満たす十分な外貨準備があり、経済や金融のファンダメンタルズを考慮すれば懸念する理由はない、と述べた。また、年末までの3カ月の貿易収支について、各月とも黒字になるとの見通しを示した。

一国の長がファンダメンタルズを引き合いに出して「問題ない」と発言すると、必ずと言っていいほど金融危機は訪れる。で、2日後(今日)のニュース。ソースは同じくロイター。

韓国当局がドル売り・ウォン買い介入を複数回実施したもよう=市場筋
10日の外国為替市場で、韓国当局が複数回にわたりドル売り・ウォン買い介入を実施したもよう。市場関係者らが明らかにした。ウォンの対ドル相場は序盤に5%下落したが、その後、下げ幅の大半を回復。0304GMT(日本時間午後零時04分)現在、1392.9ウォンで推移している。9日終値は1379.5ウォン。
ウォンが対ドルで5.6%上昇して取引終了=韓国外為市場
10日のソウル外為市場で、韓国ウォンは対ドルで5.6%上昇して取引を終えた。日中の変動率は過去11年近くで最も大幅となった。市場筋によると、韓国通貨当局が複数回にわたりドル売り介入をしたもよう。ウォンは1ドル=1306.9ウォンで取引を終了した。前日終値は1379.5ウォン。一時は1453.9ウォンまで下落した後、1224.9ウォンまで上昇する場面もあり、日中の変動率は約19%となった。ロイターのデータによると、これはアジア通貨危機が襲った1997年12月30日に記録した36%以来の大幅な変動率。

「ウォンの対ドル相場」と言われてもいまいちピンと来ないかもしれないが、これが上昇するということは、要するにウォンの価値が下がっているのだ。これは対日本円相場も同じで、8月8日に9.29だったのが10月9日(昨日)には13.9まで上がっている。たとえば、韓国旅行へ行って10万ウォンの商品をクレジットカードで買ったとしよう。8月8日に決済されれば支払額は1万764円になるが、10月9日だと7194円と安くなる。日本人旅行者にとっては都合がいいが、逆を考えると韓国の金融がえらいことになっていることが分かるだろう。

アメリカのサブプライムローン問題が「対岸の火事」ではないとは分かっていても、いまひとつ実感が湧かなかったが、ここにきて株安の連鎖とあわせて相当危機感が増してきた感じ。

そういえば1年ちょっと前に、こんなエントリを書いてました。

navelog - 歴史は繰り返す。過ちもしかり

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