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漫画家のモンキー・パンチ氏のことを調べようとWikipediaを引いたら、驚愕(ってほどじゃないが)の事実が2つ。ひとつは、彼の本名がカトウカズヒコ(加藤一彦なので先頃逝去されたミュージシャンとは字が違う)だということ。もうひとつは、以下。

現在、出身地の浜中町(JAはまなかエリア区域の厚岸町トライベツ地区も含む)では、各所にルパンファミリーの絵を見ることができ、JAはまなかの地区案内マップの大きな看板にはルパンや次元などが吹き出し入りで描かれている(ルパン「よく来たな。おいらが○○を案内するぜ!」次元「よく来たな。○○はこの次元が案内するぜ!」不二子「よく来たわね。○○はあたしが案内するわ!」など)。また、各牧場・農家の入口看板にもモンキー・パンチの絵が使用されている。

特にルパンの大ファンというわけではないが、見に行きたいなぁ。

Wikipedia - モンキー・パンチ
高地Net - 浜中町のルパン一味

会社を辞めると、いろいろと面倒な手続きを行なう必要がある。健康保険もそのひとつ。これまでは所属会社の社会保険(被用者保険)に加入していたが、退職と同時に被保険者の資格を失うため、国民健康保険に切り替えるか、もしくは任意継続被保険者になるという選択肢がある。任意継続とはつまり、辞めた会社の社保に引き続き加入し続けるということである。

被保険者資格を喪失する前日までに継続して2ヶ月以上の健康保険の加入期間のある者は、退職の翌日から20日以内に住所地を管轄する社会保険事務所または健康保険組合に申請する事によって最高2年間引き続き健康保険に加入する事ができる。

どちらにもメリットとデメリットがあるが、僕は任意継続を選んだ。理由は自分への喝入れというか、退職前よりも収入をアップさせる心づもりでいるから。前年の収入から算出する国保と違い、任意継続の場合は加入時に保険料が決まる。つまり、最高2年間というスパンはあれど加入期間内は保険料が一定のため、今年の収入が上がれば国保よりも負担は減ることになる。

さて、この任意継続の手続きをしたのが1月4日のこと。以前の被保険者証も翌日には(わざわざ書留郵便で)返納した。ところが、それから10日(8営業日と言うべきか)も経つのに新しい被保険者証が送られてこない。手続きをした品川社会保険事務所の窓口担当者からは「前の会社の管轄の社会保険事務所(渋谷)に資格喪失の届けが出された翌日に、こちら(品川)に連絡が届くので、その時点ですぐに発行される」と説明を受けていたにもかかわらず、だ。

というわけで今日、問い合わせてみた。まずは以前の被保険者証に記載されていた電話番号にかける。長い長い「話し中」を経てようやく繋がった。調べてもらったところ「渋谷社会保険事務所から資格喪失の連絡が届いていない」とのこと。で、一旦電話を切り、前の会社の社長に連絡。しばらくして「1月5日に届けている」との返事。なので再び先方(後で知ったが、全国健康保険協会という団体の代表番号だった)に電話をしてその旨を伝えると、今度は「渋谷社会保険事務所に問い合わせてみてください」と返された。おいおい、早速たらい回しかよ。

仕方がないので渋谷社会保険事務所に電話。最初の電話とほぼ同じ内容の経緯を、また最初から説明する。電話口の女性が「それでは、こちらの番号に」と伝えた番号が最初のものと同じ(つまり、全国健康保険協会の代表番号)だったので、「おいおい!」とツッ込みたくなる気持ちをグッとこらえて状況を説明。「少々お待ちください」の後、電話口の相手が最初の女性からややぶっきらぼうな話し方の中年男性(上司?)へと交代した。開口一番が「どうされました?」だったのでムキーッとなる気持ちを再びグッとこらえ、すでに立て板に水のように話せるようになった「事の経緯」をまたまた説明する。以前の被保険者証の番号や会社名なども(やや強い語調で)つぶさに伝え、どこで止まっているのかを調査してもらうことに。

で、最終的にどうなったか? 今度はいくぶん柔らかい口調の男性が「調査結果」を報告してくれた。被保険者資格喪失の処理が完了するのが「おそらく今日中」で、新しい被保険者証の発行手続きは明日金曜日か週明けになるとのこと。ていうか、なんで今日なのさ?

詳細を訊いてみると、どうやらこの背景には以下に記す「内部事情」が関係しているらしい。

一連の医療保険制度の改革や社会保険庁の諸問題発覚による廃止・解体などから2008年10月1日より政府管掌健康保険は国を離れ、全国健康保険協会による全国健康保険協会管掌健康保険(愛称「協会けんぽ」)に移管された。ただし被保険者資格の取得・喪失、保険料の納付などに関する手続(任意継続被保険者に関することを除く)は引き続き社会保険事務所が窓口となっている。

要するに、だ。社保庁のイメージアップキャンペーンにより、件の社会保険は新たに非公務員型の法人が運営することになった。とはいえ、窓口業務に関しては現在も所轄の社会保険事務所が引き続き担当している。それなのになぜか、任意継続被保険者に関わる部分だけは新しいほうの法人が担当しているため、このへんにブラックボックスが発生しているようなのだ。

ていうか、そんなこと我々には関係ないことでしょうが。まったくもう。

しつこいようだがM-1ネタ。

ラストイヤーで思い出したというか、今回辛くも(?)優勝を逃した笑い飯は、今年が芸歴10年目ということで来年のM-1にはもう出られない、と番組中に島田紳助が言っていた。が、どうもそうじゃないらしいという声も耳にする。で、調べてみた。

こういうときは、何はなくともWikipediaである。「M-1グランプリ」の項目には、脚注にこんな記述があった。

ただし、笑い飯は2010年がラストイヤーという見方もある(マンスリーよしもとplus2010年1月号にて)。

マンスリーよしもとは持っていないので、念のため「笑い飯」の項目も紐解いてみたところ、そのものずばりな記述が。

M-1リターンズ2008では2009年がラストチャンスと言われていた。しかし、芸歴の算出方法が月単位での計算に変わり2010年にラストイヤーを迎える事が明らかになった。よって2009年現在の出場権は2009年度と2010年度の2回であるが、2009年度の会見で「今年がファイナル」と発言しており2010年度に出場するかは未定である。

出てほしいなぁ。そして優勝してほしいなぁ。

Wikipedia - M-1グランプリ
Wikipedia - 笑い飯

あれは確か、押尾学の裁判で有罪判決が出たその日の夜だったと思う。飲みの席にて、隣に座った女の子からおもむろに「ねぇねぇ、執行猶予って何?」と訊かれた。お店のスタッフが「そーみんに訊いてみたら」と吹き込んだらしい(よくあることなんです)。僕も酔っていたので、とりあえず「ある一定期間、刑の執行を猶予するってことだよ」と優等生的な回答をした覚えがある。続いて「その期間が終わるとどうなるの? 無罪?」と、予想どおりの返しだったので「執行猶予中に他の罪で逮捕されたりしなければ、期間が満了すれば刑は執行されない。確か……前科もつかないんじゃなかったかな」と語尾がちょっとあやふやながら答えた。

果たして、これは正しかったのか?

調べてみたところ、僕の説明はおおむね合っていた。たとえば「懲役2年、執行猶予3年」という判決のことを「3年後に刑が執行されて刑務所に2年間入る」と勘違いしている人も少なくないと思うが、実際には3年の間に他の刑事事件を起こさなければ、言い渡された刑(この場合は2年の懲役刑)が執行されることは将来的になくなる。前科にもならない。「え〜、なんだか甘くない?」と驚く向きも多いだろう。前述した質問者の女の子もそう言っていた。

もちろんというか、執行猶予のつかない判決(実刑判決という)もある。日本の刑法では死刑に執行猶予がつくことはない(中国はつくことがあるらしい)し、非常に軽い刑(拘留や科料)にもつかない。初犯で懲役3年以下の場合につけられることが多いようだ。

ところで今回、執行猶予についていろいろ調べていて、禁錮(きんこ。禁固と書く場合もある)という用語が気になった。受刑者を刑事施設に拘置する刑罰のことだが、これは懲役とどう違うのか? 大雑把に説明すると、両者の違いは単に刑務作業があるかないかである。禁錮はただ拘置するだけだが、懲役は所定の作業を行なわなければいけない。もっとも禁錮の場合も、受刑者が刑務作業を願い出ることができる(請願作業)ので、両者を区別することの意義は疑問視されているそうだ。

禁錮や懲役は「自由刑」の一種とされている。つまり、受刑者の自由を奪う刑である。自由刑以外の刑には何があるかと言えば、身体刑と財産刑、そして死刑がある。それぞれがどんな刑なのかは、ここで詳しく説明しなくてもなんとなく意味がお分かりかと思う。

そういえば、Wikipediaで「身体刑」を調べたときに目にした以下の記述が気になった。

身体刑は、死刑と並び、近代以前までは最もポピュラーな刑罰のひとつであった(前近代における刑罰は基本的にすべて「身体刑」であり、そのうち受刑者の死亡につながるものを現代から見て「死刑」としてまとめているという見方も出来る)。具体的な内容はそれぞれの場所で異なるが、「四肢の切断」「去勢(宮刑)」などの身体機能を損なうもの、「鼻そぎ」「入れ墨」など犯罪者であることがわかるような目印を残すもの、「鞭打ち」「杖刑」など肉体的な苦痛を与えるもの、などの系統に分かれる。また、前述のとおり重い身体刑はしばしば受刑者の死亡につながるものであり、「身体刑」と「死刑」は対となっていたわけではなく、重なりつつ全体として「刑罰」を構成するものでもあった。

四肢の切断や鼻そぎのあたりがなんとも痛々しいが、今の日本では、身体刑は日本国憲法第36条に定められている「残虐な刑罰の禁止」に抵触するものとして認められていない。

蛇足ながら、同項目には江戸時代の日本の身体刑についてのこんな記述も。

身体刑としての入墨には、腕に輪を描くように入れて目印とするものや額に累犯に応じて「一」「ナ」「大」「犬」と書き加えていくものなどがあった。

額に「犬」って……前科4犯なのに全然怖くないかも。

日本で全然報道されていないが、イギリスの新型インフルエンザワクチン強制接種が取りやめになったそうだ。以下の2つの記事を読んで、輸入ワクチンを打つ気が完全になくなった。

EX-SKF-JP - H1N1ワクチンの副作用はインフルエンザより怖い?
ワクチンはいりません! - ノバルティスのワクチンに 毒性物質“MF-59 アジュバント”「特許名:Adguvant MF-59」

ハブ空港は本来、航空会社にとっての「中枢(hub)となる空港」という意味だ。航空会社は航空機や整備場、要員などの効率的な使用や、乗客、貨物の効率的な輸送を可能にするためにハブ空港を設定する。そういう意味では羽田(東京国際空港)も日航と全日空にとってのハブ空港だが、この場合は国内線における中枢を羽田に設定しているに過ぎない。

上記で「本来」と書いたのには理由がある。こと日本においては、東アジアと北米の間にある島国という地理的性格から、国際線におけるハブ空港=拠点都市(いわゆるアジアの表玄関)という意味合いが強い。まぁこのへんはWikipediaからの受け売りなのだが。

Wikipediaの「ハブ空港」の項目には、以下のような興味深い記述がある。

拠点都市の地位は、ある空港が当該の広域地域でどの程度かなめとしての機能を果たしているかによって、自然に決定する。東アジアの拠点都市を例にとると、成田国際空港は1978年の開港以来、東アジア諸国と北米諸国を結ぶ航空便の多くが発着する拠点都市として機能してきた。しかし1990年代以降、同空港が急速に混雑化したこと、拡張計画は反対派の存在もあり遅々として進まないこと、当初より都心と距離があり利便性に難があること、航空機の性能が向上して航続距離が伸び北米から成田以遠への航行が可能になったこと、そして大型機の離着陸に必要な長い滑走路を2本備えた香港国際空港と仁川国際空港が1998年と2001年に次々と開港したことにより、中部国際空港の開港や関西国際空港の2本目の滑走路の供用などもあって今日では成田の拠点都市としての地位は急速に揺らぎ始めている。

かねてより日本の航空政策は一貫性がなく、気がつけば韓国や香港に拠点都市の地位を脅かされるようになった。NARITAももはや、アジアの表玄関にはふさわしくない。現政権は前原国交相を切り込み隊長にし、この現状をなんとか打破したいと考えているのだろう。

日本国内で泥仕合をやっている場合じゃないと思うのだが……。

Wikipedia - ハブ空港

セミの話の続き。というか、素数ゼミの話ね。

Wikipediaの「周期ゼミ」(「素数ゼミ」から転送)の導入部分にはこう書かれている。

周期ゼミ(しゅうきぜみ)とは、セミのうちMagicicada属に属する複数の種の総称。毎世代正確に17年または13年で成虫になり大量発生するセミである。その間の年にはその地方では全く発生しない。ほぼ毎年どこかでは発生しているものの、全米のどこでも周期ゼミが発生しない年もある。周期年数が素数であることから素数ゼミともいう。17年周期の17年ゼミが3種、13年周期の13年ゼミが4種いる。なお、17年ゼミと13年ゼミが共に生息する地方はほとんどない。

さらに、アメリカの進化生物学者スティーヴン・ジェイ・グールドの著作「ダーウィン以来—進化論への招待」にも、周期ゼミに関する以下のような興味深い記述がある。

17年の間というもの17年ゼミの幼虫は地下にいて、合衆国の東半分全体にわたって森林の木の根から樹液を吸っている(南部諸州は例外で、そこでは非常に似た種かあるいは同じ種が13年ごとに羽化する)。やがて、わずか2、3週のうちに、何百万という完熟幼虫が地中から現われて成虫になり、交尾し、卵を生み落として死ぬ(進化的見地からの最良の説明は、M・ロイドとH・S・ダイバスの1966年の論文と1974年の論文に見られる)。最も注目すべき点は、1種ではなく3種の別個の17年ゼミが、正確に同一のスケジュールにしたがって、まったく同時に羽化することである。地域が異なれば羽化が同時でないこともある。たとえば、シカゴ周辺のものはニューイングランド産のものと同じ年には羽化しない。けれども17年の周期(南部では13年)はどの地域でも変わらなくあって、3つの種は同一地域ではいつもいっしょに羽化する。

まったくもって不思議な現象だが、おそらく疑問点をまとめると以下のようになるだろう。

  1. なぜ正確に周期発生するのか?
  2. なぜ素数なのか?
  3. 11や19も素数だが、なぜ13と17だけなのか?

あらかじめ断っておくが、これらの謎は完全に解明されているわけではない。前述したロイドとダイバスは、「捕食者飽食戦略」という仮説によって説明している。また、前回のエントリで書いた吉村仁氏は、氷河期と成長速度に関連づけた自説を説いている。

まずは捕食者飽食戦略から説明しよう。ホショクシャホーショクセンリャクとはなんともコムツカシイ言い回しではあるが、要は捕食者(この場合はセミを食べる他の生物。天敵)が食べきれないほど大量発生することで種を守る防衛策のことだ。グールドいわく、自然史とは捕食を回避するためのありとあらゆる「適応」の物語である、と。捕食者飽食戦略もそんな適応のひとつだが、これが成功するためには必要条件が2つある。発生のタイミングが正確であること、そして、捕食者がそのサイクルに順応できないよう発生頻度がごく稀であることだ。

セミの捕食者には鳥やクモ、カマキリ、スズメバチなどがいるが、それらの生活環(生物個体が発生を開始してから次世代の個体が発生を開始するまでのサイクル)はせいぜい2~5年だそうだ。もしも周期ゼミの発生周期がこの範囲であれば、セミが羽化する際(というか、土の中から出てきた瞬間)に捕食者の餌食となる。つまり、いくら大量発生しようとも絶滅へのカウントダウンは止まらない。では、単純に周期が長くなればいいのかと言えばそうではない。たとえば捕食者の繁殖の周期が5年だと仮定しよう。件のセミが15年周期だったとすれば、捕食者の生活環の3サイクル目と繁殖期が一致し、同じように餌食になってしまう。20年とて同じこと。要は両者の最小公倍数のサイクルで繁殖時期が一致してしまうのである。が、13や17という素数なら、そのサイクルをグンと引き延ばすことが可能になる。前述の例で言えば、5年と13年の最小公倍数は65年、5年と17年なら85年だ。16年ゼミの場合も80年だが、捕食者の繁殖のサイクルが5年ではなく4年であれば最小公倍数は16年になってしまう。つまり、捕食者の繁殖のサイクルが2~5年のいずれであっても最小公倍数を大きくできる数、それが素数というわけだ。

と、ここまで書いても、まだ3番目の疑問点が明らかになっていないことにお気づきだろう。11年ゼミや19年ゼミはなぜいないのか、という謎についての説明がまだである。

とはいえ今回も長くなってしまったので、続きは、また。

先日のこと、たわいもない茶飲み話の中で「そういえば今年はあんまりセミの鳴き声を聞かないね」みたいな話題になったのだが、そのときに誰かがこんなことを言っていた。

「セミってさ、幼虫のときは何ヶ月も土の中にいるのに、いざ外に出たら1週間ぐらいで死んじゃうんでしょ」

確かに、不完全変態をする生物であるところのセミは、幼虫期の大部分を土の中で過ごし、終齢期になると地上に出てきて樹の上で羽化を行ない成虫となる。一生のうちで成虫の期間が比較的短いのも事実だが、前述の発言は数値が間違っている。

Wikipediaの「セミ」の項目の「生態」にはこうある。

成虫期間は1-2週間ほどと言われていたが、これは成虫の飼育が困難ですぐ死んでしまうことからきた俗説で、野外では1か月ほどとも言われている。さらに、幼虫として地下生活する期間は3-17年(アブラゼミは6年)に達し、短命どころか昆虫類でも上位に入る寿命の長さをもつ。

この記述を読んだ際、セミが幼虫として地下生活する最大期間の「17年」という数字が引っかかった。しばらくして、僕が以前読んだ本で取り上げられていた「素数ゼミ」のことだと気がついた。その本「素数ゼミの謎」(吉村仁著)によれば……と、ここまで書いて部屋を探してみたのだが、なぜか見つからない。おそらく酔った際に「面白いから読め」ってな感じで誰かに貸したのだろう。そんな記憶がうっすらあるが、貸した相手が思い出せない。

ともあれ、素数ゼミである。数学の世界と生物学の世界の用語が合体した、なんとも不思議な響きを持つ言葉だが、導入部分だけ解説するなら、北アメリカの東部に生息するある種のセミは、ぴったり17年と13年周期で大量発生するというお話。どちらも言わずもがな素数だが、毎世代正確にこの周期で発生するというのだから驚きである。というか、これぞ自然の神秘ってやつだ。

で、この素数ゼミの話を書こうと思ったのだが、長くなりそうなのでまた改めて(「さんすう」カテゴリかな)。待ちきれない人は下記リンク先のページをご参照ください。

Mathematicaフォーラム - お話 - 素数周期ゼミの不思議

今朝の時事ドットコムのニュース記事が気になった。

渦中のセメンヤ圧勝=世界陸上
男子選手ではないかと選手間でうわさされる渦中のセメンヤが、女子800メートルで圧勝。2番手から残り400メートルで先頭に立ち、最後は後続を引き離し今季世界最高の1分55秒45をマークした。右手人さし指を突き上げてゴールすると、南アフリカの国旗をまとって競技場内を駆けた。だが、報道陣が待つエリアには姿を見せず、メダリストの記者会見も辞退。国際陸連は南ア側に性別判定検査を要求しているといい、18歳の周辺はしばらく騒々しくなりそうだ。

その容姿を見る限りでは確かに男だと疑われても仕方がない気がするが、おそらく彼女(←今のところは)は性別を偽って世界陸上に出場したわけではないと思う。

SANSPO.COMの記事「女子800のセメンヤに性別疑惑/世界陸上」には、こんな記述があった(当該部分のみ抜粋)。

ただ、本人は子供のころから女の子として育っており、同陸連も「競技以上に彼女の人間としての問題になる。非常に繊細な問題であり、慎重に扱わねばならない」(デービス広報部長)と歯切れが悪い。

先の記事中にあった性別判定検査はセックスチェックとも呼ばれ、国際スポーツ大会の女子の部の上位入賞者に対して行なわれる「本当に女か?」を判定する検査のこと。性別を偽って女子の種目に出場した男子選手が、体力的に有利なのは自明の理だからだ。

セックスチェックは1960年代から導入されたそうだが、性別を判定するとはいっても選手を裸にして性器を確認するわけではない(当初はそういうのもあったらしいが)。訊くところによれば、口腔内の粘膜や毛髪などを採取して染色体を検査するのが一般的なのだとか。

国際スポーツ大会に限らず、本人が自覚している性別と医学的な性別が異なるケースは少なくない。ここでは「性染色体の組み合わせは、女性がXXで男性はXY」ぐらいは知っているという前提で話を進めるが、世の中にはまれにXXでもXYでもない人がいる。たとえば「クラインフェルター症候群」というのは、男性でX染色体が2つ以上ある(XXYやXXXY)性染色体異常だが、発生率は500~1000人に1人といい、一生気付かれない場合も多いそうだ。しかしながらこの場合は、性器は通常の男性形であるため「じつは男だった」というケースには当てはまらない。

クラインフェルター症候群としばしば混同される疾患に「アンドロゲン不応症」というのがある。Wikipediaの同項目には以下のような記述がある。

完全型では出生時に発覚することはほとんどなく、通常の女児として養育される。性自認も女性である。思春期になって第二次性徴が起きても初潮が来ない(原発性無月経)ことから、産婦人科などを受診してこの疾患が発見されるケースがほとんどである。

素人考えではあるが、セメンヤ選手はこのアンドロゲン不応症を疑われているのではないだろうか。僕は当初、このセメンヤ選手にアンドロゲン不応症の疑いを持っていたのだが、だとすると彼女のような屈強な体型と抜群の身体能力はあり得ないとのご指摘をいただいた(コメント欄参照)。ともあれ、女性器を有し女として生きてきたのに、調べてみたらYが含まれていた(=染色体上は男)なんてことになれば、本人が受ける精神的なショックははかりしれない。

Wikipediaの「アンドロゲン不応症」には、以下のような記述もあった。

実は「(染色体上は)男性」であったということ、妊娠・出産は不可能ということなど、多感な思春期の女性に対して大きな精神的打撃を与える恐れが大きい疾患である。そのため、精神的なケアが最も重要となる。そのためアンドロゲン不応症と診断されても、特に完全型ではそのまま女性として生きていく人がほとんどである。

蛇足ではあるが、僕がここのところずっとハマっているドラマ「Dr.HOUSE」にも、同様のテーマを扱うエピソードがあった。ハウスのセリフを引用しておく。

彼のDNAは君が間違ってるって示してる。カエルとカタツムリと子犬のしっぽ。君には男性半陰陽が。人は女性として生まれ、それから遺伝子に基づいて性別が決まる。卵巣は精巣に発達してなくなる。でも、妊娠中の胎児に15万分の1の確率でXY染色体の男児が別なものに育つ。君のように。君の精巣は機能しなかった。テストステロンに免疫があったから。エストロゲン。それが君に高度な女性的特徴を与えている。キレイな肌にすばらしい胸。究極の女性は男なんだよ。自然は残酷だ。

Wikipedia - アンドロゲン不応症
FOF-Wiki - セックスチェック

以前からそうだったのかは分からないが、最新版にバージョンアップしたばかりのATOK(ATOK 2009 for Mac)は「きむでじゅん」で「金大中」に一発変換できる。「きむよんさむ」もしかり。文節区切りを変更しない限り、他の候補は一切表示されない。しかしながら、「きむじょんいる」に関しては、なぜか最初の候補にカタカナ表記が現れる。ちなみにというか、「きむいるそん」だとカタカナ表記は現れない。

それはさておき、金大中である。とはいっても別段思い入れがあるわけでもなく、氏の訃報もGoogleの急上昇キーワードで知ったぐらいなのだが、いくつかのニュースを眺めていて気になったのが、中央日報の記事「金大中元大統領とはどんな人物?」の以下の一節。

第6代議員当時の64年4月、同僚のキム・ジュヨン議員の拘束同意案上程を防ぐために5時間19分間にわたり議事妨害(フィリバスター)をした記録はギネスブックに記録されている。

フィリバスターとは耳慣れない言葉だが、もともとは非合法な軍事行為(およびそれを行なう者)を指していたのが、後にアメリカ合衆国上院で議事妨害を指す比喩的な表現として使われるようになったそうだ。日本で議事妨害といえば牛歩戦術が有名だが、金氏の場合はそれでギネス入りしたわけではなさそうだ。調べてみたところ、2006年11月2日付のasahi.comの記事「「金大中展示室」ソウルにオープン 激動の半生を知る」にこんな記述があった。

また、64年に金氏が同僚議員の拘束を阻止するため5時間以上も国会演説し、ギネスブックに世界最長記録と認められた証書、大統領在任中にノートに「人事が成功の道。おべっかを使う者と無能な者は排除」と書き残した「大統領15カ条」も公開されている。

そう、彼は5時間19分もの間、ずっと喋り続けたのである。

ところが、である。さらに調べてみると、フィリバスターの最長記録保持者は金大中ではなく、アメリカ上院議員を49年間も歴任したストロム・サーモンド(故人。100歳を迎えたときに上院議員だった唯一の人物)だということが分かった。その時間、なんと24時間18分!

Wikipediaの「ストロム・サーモンド」の項にはこう記されている。

1957年に公民権法(1957年の公民権法)が審議されると、24時間18分にわたる演説を行い、議事を妨害した。これが上院史上最長の議事妨害である。結局同法は共和党と北部民主党の賛成を得て可決された。

つまり、サーモンド氏は金氏に遡ること7年も前に約5倍の長さの記録を打ち立てていたことになるが、なんでギネスブックはこっちを世界一と認めていないのだろうか? 思うにこれが、人種隔離政策支持の立場から公民権法の可決を阻止しようして失敗した一議員と、同僚を守ろうと奮起してそれに成功して後に大統領職に就いた世界的な有名人との違いなのかなぁ。

Wikipedia - 議事妨害
Wikipedia - ストロム・サーモンド

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