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カミング不運 理不尽な示談交渉の記録 ※通常の日記形式とは違い、新しい情報はページ下に追加されていきます。 2001年8月7日 火曜日 (0日経過) 深夜1時20分、目黒区目黒2丁目10番15号の山手通り側道(歩道に車体を半分乗り上げていた)にMINIを停めていたら、後ろからボルボのワゴンに追突された。乗っていなかったのが不幸中の幸い。加害者J.I.は「CDを替えようとしてよそ見した」と言っていたが、どうも飲酒運転っぽい(※後日、目黒警察署に問い合わせてみたところ、酒気帯び検査はしたものの規定量に達していなかったとのこと)。MINIは右後ろ部分に追突され、バンパーの右端と右後輪のオーバーフェンダーをひどく損傷。サイドブレーキが引かれた状態で、ホイールベースのぶんほど前方に移動していた。そして、左前方に置かれていた友人のスクーターに玉突き状態で追突したため、前方の左側も被害を被っている。加害者が保険会社に連絡を取りレッカー業者がやってくる。民間の修理工場に預けられたくなかったため、営業開始を待ってミニマルヤマに搬送してもらうよう指示。加害者と連絡先を交換。保険会社はアクサとのこと。 明けて午前中、ミニマルヤマに電話をし、MINIが運び込まれる旨を連絡。午後、アクサダイレクトの近藤氏から電話がある。このときの内容は、状況確認程度。この日、加害者からも電話があった。 2001年8月9日 木曜日 (2日経過) アクサダイレクトから電話。一昨日の近藤氏ではなく、今後は調整役として西浜氏が担当することに。ミニマルヤマでの修理見積額が約80万円ということで全損扱いになるとのこと。が、彼が市場査定価格から見積もってきた提示価格は35万円。当然、それでは納得できないので、一旦電話を切る。 夕方、アクサダイレクトに電話をする。事故の直前に大規模な修理をしていることは相手も承知していたため、そのぶんも考慮してほしいと持ちかける。が、相手は「35万円しか払えない」としか言わない。慇懃無礼な物言いが非常に気に入らないが、怒るのも大人げないのでなるべく冷静に話をする。平行線が続くが、仕事の途中だったので、一旦電話を切る。 2001年8月10日 金曜日 (3日経過) ミニマルヤマに電話をして相談する。ねぎらいの言葉と、「戦ってみる価値はある」というアドバイスを受ける。夕方、アクサダイレクトに代車を要請することに決め、電話をするが、西浜氏は休みだったので上司らしき人物が対応。「全損の場合、代車は適用できない」と言われるが、僕としてはあくまでも修理を要請するつもりだと伝える。この日の夜から夏休みの旅行に出かける。 2001年8月13日 月曜日 (6日経過) 旅行先にて、アクサダイレクト西浜氏から電話。代車を要請すると、意外にも素直に応じてくれた。「最長で14日間」という注釈が引っかかったが、とりあえず帰京して仕事を再開する15日から乗れるようにしてくれるらしい。その後、アクサダイレクトの提携会社であるところのオリックスレンタカーから電話があり、受け渡しの段取りを決める。 2001年8月15日 水曜日 (8日経過) オリックスレンタカーの担当者が、自宅まで代車を持ってきてくれた。車種は相模ナンバーのマーチ。 2001年8月16日 木曜日 (9日経過) アクサダイレクト西浜氏に電話する。「事故の直前に30万円近くかけて修理し、専門ショップのワランティが付いているMINIであるから、車両価値は修理代とそう変わらない。なので、とにかく修理を始めてほしい」と主張。が、相手は「そのクルマにそれだけの価値があると証明できるものを提出しろ」ときた。一方的な被害者である僕自身が、なぜそんなことに労力を割かなければならないのか。相当な理不尽さを感じる。さりとて、何か作戦を考えるべきだと思い、そこで電話を切る。切り際の「それじゃ、お電話をお待ちすればいいんですね」という物言いにもムカついた。 ミニマルヤマに相談。すると丸山専務が「それじゃ、私に電話させるように言ってください」と、心強い返事をくれた。すぐに西浜氏に電話し、電話をするよう要請。しかしながら、彼の返事は「今日は立て込んでいるので、明日電話する」とのこと。 2001年8月17日 金曜日 (10日経過) ミニマルヤマの丸山専務から午前中に電話をいただく。先手を打ってアクサダイレクトに電話してくれたようだ。しかも、開口一番「失礼なヤツだよねぇ」と。西浜氏の物言いに専務もかなり立腹したとかで、こうなったら徹底抗戦とばかりに一策を練る。とりあえず、専務が保険会社に対する代理交渉をかって出てくれることになった(委任、という形)。僕のほうは、加害者とだけ話をする戦法。エネルギーばかり使って進展しない、無益な言い争いをしなくて済むのは非常にありがたい。 加害者に電話をする。僕だけじゃなく専務も立腹するぐらい調整役がヒドいと告げ、彼からアクサダイレクトに申し立ててもらうよう要請。「電話します」という返事。 2001年8月31日 金曜日 (24日経過) 今週火曜日で代車の期限が切れていたようで、オリックスレンタカーから何度か電話をもらう。丸山専務に相談してみたところ、今度はミニマルヤマから出してくれることになった。なので、オリックスレンタカーには、月曜日の午前中に返却すると連絡する。 2001年9月3日 月曜日 (27日経過) オリックスレンタカーの担当者がやってきて、代車を引き上げていった。 2001年9月10日 月曜日 (34日経過) 事故からすでに1ヶ月が経つのに遅々として進まないので、加害者に電話し、アクサダイレクトに対して何か申し立てをしてもらうよう要請。が、これまでとは態度が変わり、「交渉に関しては保険会社の担当者に任せている」しか言わない。さては入れ知恵されたか? なんだか腹が立ってきたが、いくら力説しても平行線っぽいので、「数日経っても状況が変わらないなら、加害者として何の誠意も見せていないと解釈しますよ」という捨てぜりふ(なのか?)を残して電話を切る。 2001年9月11日 火曜日 (35日経過) 転ばぬ先の杖ということで、財団法人交通事故紛争処理センター東京本部に電話し、相談日の予約をする。かなり混み合っているらしく、最短で11月12日になるらしい。とはいえ、キャンセル待ちが出れば連絡をくれるそうなので、それに期待したい。 夕方、ミニマルヤマへ。丸山専務と今後の方策を練る。代車のジェミニ(ディーゼル、MT)を借りて帰る。 2001年9月16日 日曜日 (40日経過) アクサダイレクトに、紛争処理センターへ連絡したことを伝えようと思う。いい機会なので、こちらの主張もきっちり記した文書を作成し、ファクスすることに。担当部署の直通ファクス番号が分からなかったので、とりあえずタウンページに載っていた代表ファクス番号に送っておく。[→送付文書のPDF] 2001年9月17日 月曜日 (41日経過) アクサダイレクトに電話したら、部署名「損害サービス係」(これすらはじめて知った)と、直通のファクス番号をあっさり教えてくれた。再び、例の文書をファクスする。ミニマルヤマの丸山専務にも、参考資料としてファクスしておいた。 2001年9月21日 金曜日 (45日経過) 夕方、仕事のついでにミニマルヤマに寄る。丸山専務のもとには、アクサダイレクトから件のファクスに関してまだ何のリアクションもないとのこと。 夜、同内容の文書を再びファクスする。念のため、代表と損害サービス係の両方に送る。 2001年9月26日 水曜日 (50日経過) 連休明けなのにアクサダイレクトからは何のリアクションもなし。同じ文書の日付を変え、三たびファクスする。ついでと言ってはなんだが、加害者J.I.にも同内容の文書を郵送する。 2001年10月5日 金曜日 (59日経過) 未明にダメ押しのファクスをしてみたところ、ようやっとアクサダイレクトから午前中に電話があった。とはいえ「文中に回答をくれと書いてあったから連絡したまで」といった様子。紛争処理センターの件に関しても「それでは連絡を待ちます」と、なんだか他人事っぽい。もうすぐ2ヶ月が経過しようというのに、何の進展もなしである。 2001年10月15日 月曜日 (69日経過) 先日、アドバイスをいただくべくコンタクトをとった弁護士さん(所属会社社長の紹介)から返事。内容は「車両の評価額が修理代以上であることの証明は不可欠」とのこと。 2001年10月16日 火曜日 (70日経過) ミニマルヤマに電話し、相談。すると、評価額80万円相当の証明書類を作成してくれることに。しかも専務の「小林さんと同じ年式のミニを、ウチでも80万円で売っていたこともありますから」という言葉にかなり励まされる。書類は出来次第、郵送していただけるそうだ。 2001年10月23日 火曜日 (77日経過) アクサダイレクトから電話。なにやら本件の担当が替わったとのこと。新担当の前野氏(彼はアクサ損害保険と名乗っていた)と話す。顛末を最初から説明するのはウンザリだが、彼は前任者よりも物腰が柔らかく、なんとなく話が分かりそうな雰囲気。先方の口から「35万円をスタートラインとして、賠償額のご相談ができれば……」と切り出されたのには、正直驚いた。おそらく紛争処理センターに持ち込まれたくないのと、未解決のままかなりの日数が経っていることへの焦りがあるのだろう。僕としても、できれば紛争処理センターに持ち込む前に解決を見たい。まずはそのことを彼に伝え、さらに、ミニマルヤマに作成してもらっている証明書類が届き次第、その内容によっては事前に交渉をする余地があることを伝える。 ミニマルヤマに電話し、担当が替わったことを報告。書類は来週までにはなんとかなりそうとのこと。 2001年11月12日 月曜日 (97日経過) 午後1時、新宿住友ビルにある紛争処理センターへと赴く(書類が間に合わなかったので、とりあえず)。受付でざっと調書のような書類を作成し、事故の経過を記した書類(といっても、ほとんどこの文書だが)を提出。10分ほど待つと部屋に案内された。そこで嘱託弁護士(内野眞紀先生)と接見し、経過と近況、こちらの言い分などをひととおり話す。が、返答はあまり喜ばしいものではなかった。判例に従うなら、年式などによって評価額が画一的に決められてしまうのは仕方がないことらしい。とはいえ、それもケースバイケースなので、当該車両の評価額が証明できる書類を用意して話し合いを進めるのも有効でしょう、とのご意見。とりあえず、証明書類がまだ入手できていないため、これが入手できた上で保険会社と話し合い、それでもなお折り合いがつかなければ、あらためて先生に相談するということになった。 ミニマルヤマに電話。書類はなるべく早めに送る、とのこと。 2001年12月3日 月曜日 (118日経過) 何度か電話をもらっていたので、アクサ損保の前野氏に電話をする。証明書類がまだ手元に届いていないことと、紛争処理センターでの手続きを保留にしていることを告げる。驚いたことに、前野氏はレストアの件をよく把握していなかった(西浜氏は一体、何をやっていたのだ?)。まぁここで嫌味を言うのもなんなので、とりあえず、レストア時の請求書のコピーを証拠書類として郵送することに。こちらの言い分を今一度、文書に綴り、請求書のコピーと共にアクサ損保の前野氏宛に郵送。ちなみに、前野氏の部署は「損害サービス係」ではなく「損害調査本部」。[→添付文書のPDF] このあたりで、修理を施して乗り続けるのではなく、廃車にして買い換えることも考え始める。理由は2つ。まず、修理代全額を勝ち取るのはどうも難しそうであること。もうひとつは、すでに車検が切れていて、再取得にかかる費用も馬鹿にならないこと。不本意だが、背に腹は代えられない。 2001年12月4日 火曜日 (119日経過) ミニマルヤマから書類が届いたので、こちらもアクサ損保の前野氏宛に郵送。[→添付文書のPDF] 2001年12月7日 金曜日 (122日経過) ミニマルヤマに電話。すると、丸山専務から意外な事実が。ずいぶん前にも同社の部長さんが、同様の書類を送ってくれているとのこと。おいおいアクサの前任者、一体どうなっとるのだ! 2001年12月13日 木曜日 (128日経過) 書類は届いているはずだが、アクサ損保からは連絡なし。こちらから電話してみると「検討中」とのこと。 2001年12月14日 金曜日 (129日経過) 代車が車検切れ間近のため、ミニマルヤマへ返却。 2001年12月20日 木曜日 (135日経過) アクサ損保の前野氏から電話あり。個人売買ということなので、その証明書のようなものが必要とのこと。とりあえず領収書と、譲渡者の名前が確認できる古い車検証のコピーを郵送することでオーケーとなった。さらに前野氏は、僕の主張をある程度承諾し、65万円で手打ちにしたいと申し出てきた。こちらからの条件として、廃車にともなう手間や諸費用の支払いなど一切を、そちらのほうで済ませてほしいと伝える。「分かりました。修理工場(ミニマルヤマ)に電話してみます」という返事。 2001年12月23日 日曜日 (138日経過) アクサ損保へ領収書のコピーを郵送。 2002年2月5日 火曜日 (182日経過) 年が明けて1カ月が経過したので、しびれを切らしてアクサ損保に電話。前野氏は代車や廃車の件をまだ問い合わせていないらしく、明日連絡するとのこと。 2002年2月6日 水曜日 (183日経過) 前野氏から電話あり。ちょっとややこしいことになってきた。ミニマルヤマ側の言い分として「修理を前提に車両を預かり、代車も出したわけだから、修理をしないのであればそれらにかかる費用を全額支払ってほしい」という旨を言い伝えられる。しかも、それの請求先が僕になっており、アクサ損保としてはその請求を踏まえて最終的な賠償額を相談したいとのこと。真偽関係を確かめるにはミニマルヤマに直接訊いてみたほうが早いと思ったので、僕のほうから確認してみると伝えて電話を切る。 2002年2月8日 金曜日 (185日経過) ミニマルヤマに電話。前野氏の伝言はほぼ正しかった。最終的な金額は伝えられなかったが、修理見積代、代車代、保管料、廃車代で結構な額になるらしい。とりあえず、請求書の到着を待つことにした。 2002年2月26日 火曜日 (203日経過) ようやっと、ミニマルヤマから請求書が届いた。請求額は駐車料金(昨年8月から今年1月までの保管料)12万円、代車代金18万円、廃車代金4万5000円の合計34万5000円。修理見積代金は含まれていなかった。予想していたより低い額だが、はてさて、保険会社にはどれだけ負担させようか……。 2002年3月4日 月曜日 (209日経過) アクサ損保へ電話し、前野氏に請求額を伝える。とりあえず請求書を確認した後に連絡するとのこと。 2002年3月6日 水曜日 (211日経過) アクサ損保へ請求書のコピーを郵送。 2002年3月13日 水曜日 (218日経過) 電話がないなと思っていたら、返事は封書で届いていた(文書の日付は11日。ちなみに、この時点で初めて彼のフルネームを知った)。回答を要約すると、「駐車料金は1カ月ぶんの2万円」「代車代金は1日5000円×2週間ぶんで7万円」「廃車費用は認めず」とのこと。つまり、請求額34万5000円に対し、9万円しか出さないと言っているわけか。もちろん、これで納得できるわけはない。 2002年3月14日 木曜日 (219日経過) 先の文書のうち、廃車費用に関する回答に「廃車につきましては、おクルマを所有しておられるといずれ発生するものです。今回の事故によりそれが発生したとしても廃車の時期が早まったのみであり、金銭的損害とは言えないものです」とあり、これがどうにも腑に落ちない。いろいろ調べてみた結果、廃車費用をはじめとする“買い換えのために必要になった手数料”は認められるケースがほとんどで、いわゆる赤本にもその旨が記載されていることが分かった。とりあえず、廃車費用は赤本を引用して認めさせるとして、その他の代金もまずは全ツッパ、つまり「全額認めろ」という姿勢でいくことにし、そのうちの何割かでも認めれば御の字のつもりで抗議文を作成した。[→抗議文のPDF] 2002年3月15日 金曜日 (220日経過) アクサ損保へ抗議文を郵送。 2002年3月19日 火曜日 (224日経過) 返事が封書で届いた(文書の日付は18日)。詳しくは割愛するが、要は僕の「修理を認めたなら修理相当期間の代車を認めるべきだ」という主張に対し「アクサとしては全損ではないと認めた事実はない」と反駁。「駐車料金と代車代金は、あくまでも全損の場合の代車認定期間として提示したもの」という見解を強固に示していた。さらに、日付入りでこれまでの経過を記述し、保険会社としての対応に怠慢や落ち度がなかったことを主張している(つまり、4カ月もの間いたずらに放っておいたわけではない、と)。このへんはまぁ予想したとおりだが、そんな中にあって廃車費用に関してだけは「引き続きご相談させていただきたいと考えております」という低姿勢を見せている。全体的な感触としては「廃車費用は認めそうだがその他は最初に提示した額が精一杯」といった感じか。このあたりで解決点を見出した方が賢明かもしれない。 2002年3月22日 金曜日 (227日経過) アクサ損保へ電話し、前野氏と話をする。文書で高圧的な姿勢を見せたぶん、語り口調はおだやかにつとめた。それが功を奏したのか、いい感じに話が進む。で、結論から言えば、僕が示した「廃車費用を認めれば、駐車料金と代車代金のぶんは提示額の9万円で納得したい」という提案を、アクサ側が受け入れた形になる。最終的な賠償額は、車両本体ぶん65万円に諸費用ぶん13万5000円をプラスした78万5000円。これにて、基本的には合意。すぐに示談書を郵送するとのこと。 ミニマルヤマに電話。丸山専務に「解決できそうだ」との旨を報告。 2002年3月26日 火曜日 (231日経過) 示談書(正しくは「物件損害に関する承諾書」。添付文書の日付は25日)が届いた。過去にも経験があるので、内容に特に疑問点はない。「私、乙は本件交通事故による上記の物件損害について、賠償金78万5000円以外は甲および運転者に対して物件損害およびこれに伴う一切の請求をいたしません。また、後日裁判上、裁判外を問わず何ら異議の申し立て、請求および提訴等をいたしません。なお、私乙が甲の自動車保険より受領する対物賠償保険78万5000円は、以下の口座に振り込んでください。振り込まれた場合にはこれを受領したものとします」との内容に承諾し、署名捺印して控えをはがして封筒に入れ、投函。 2002年4月3日 水曜日 (239日経過) 賠償金78万5000円の着金を確認。 2002年4月5日 金曜日 アクサ損保から「保険金お支払いのご案内」という封書が届く。 2002年4月6日 土曜日 ミニマルヤマを訪れ、諸経費の支払いを済ませる。アクサ損保からの保険金のうち、諸経費充当ぶんが満額ではなかったため、専務と相談の上、駐車料金と代車代金を2割引いてもらう。最終的に28万5000円を支払った。これにてフィニッシュ……と思いきや、廃車のために用意するべき印鑑証明書を忘れてしまった。とりあえず委任状をもらって帰る。 2002年4月9日 火曜日 印鑑証明を用意し、押捺した委任状とともにミニマルヤマへ郵送。 結論最終的な収支を計算してみた。 アクサ損保から支払われた保険金は78万5000円。そのうちの28万5000円が諸経費としての支出となったので、実質的には50万円を“賠償金として”受け取ったことになる。 で、今乗っている車両を購入するために要した金額が50万円。 なんとまぁピッタリの額になるわけだが、再取得にあたって名義変更申請などに約8000円、そしてこれから請求が来るであろう平成14年度ぶんの自動車税(廃車手続き以降のぶんは還付されるが)がかかるので、大ざっぱなところで1万5000円ほど赤字となる計算。とはいえ、車両のグレードが上がったのと、車検までの期間が延長されたことを考えれば「得」と言えなくもない。 ただし、事故前の車両に投じた額が補償されたかどうかを考えると、確実に赤字である。また、200日以上もこの件に煩わされていた事を考えると、非常にやるせない気持ちになる。 余談ではあるが、個人的に自動車保険を契約する際、真っ先に条件として挙がったのが「外資系ではないこと」であった。アクサ以外で精進しておられる外資系保険会社には申し訳ないが、今回の一件で僕の心の中には「日本には日本人の心情に則したやり方があるはずだ」という考え方が生まれたのも事実である。 |